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タンザニア/ダルエスサラーム特派員ブログ 西東 たまき

タンザニア・ダルエスサラーム特派員が現地からアフリカ地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


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party by the sea.JPG

(桟橋の先に設けられた宴会場の一例)


関東地方で春が感じ始められる頃、こちらは雨季が本格化してきます。
一雨ごとに気温が下がり、ゴールデンウィークに入った今、朝晩すっかり
涼しくなって一時の蒸し暑さも消え去っていることに気付きました。


ところで、昨夜は我が家付近でパーティがあったようです。
寝ようとして寝室に行ったら、どこからか音楽が聞こえてくるのに気付きました。
夜が深まり、生活音が消えていくとともに音はますます高く冴えていきます。


このようなパーティの音は時々聞こえてきます。
時には「ハッピー・バースデイ」の掛け声とお祝いの歌が混じることもあるので、
誰かの誕生日パーティだということが分かります。


以前、隣家で3歳の息子のバースデイパーティが開かれたことがありました。
招待された数十人の幼児のために低いテーブルと椅子がずらりと並べられたテントは、
リボンや風船でかわいらしく飾り付けられています。


その保護者たち用に、大人向けのセッティングをした別のテントがもう一つ設けられ、
料理人付きのバーベキューグリルも運び込まれます。


子供たち用の余興としてピエロ1名と、そびえ立つBouncy Castle(バウンスハウス)も
用意されました。

boucy castle.jpg

(バウンスハウス例)


パーティを盛り上げるには音楽がつきもの。


自宅の庭で開かれたパーティでしたが、大型冷蔵庫大のスピーカーが2つ持ち込まれ、
我が家の窓ガラスはビリビリと響き続けました。
早朝から準備が始められていた会場には、昼過ぎから招待客が到着し始めます。
夜8時で早くもお開きになったのは、このパーティが幼児向けだったからです。


たいていの場合、パーティは、日本で一般に「夕食の時間」とされるころにそろそろと
音楽が始まり、「寝る時間」とされるころから盛り上がりを見せ始めます。
ガラスが響くほどの爆音の音楽は深夜にはますます響き渡り、朝6時くらいまで爆音と
時々MCのスピーチが間断なく続くのは珍しくありません。


日本が好景気に沸いていた1980年代、大勢の外国人が日本を訪れ、私たちの隣人に
なりました。当時、ゴミの出し方や夜中まで騒ぐなどの生活習慣の違いが摩擦を起こして
話題になった時期がありましたね。


郷に入りては郷に従えなので、どんな爆音だろうが、こちらはひたすら耐えるのみです。
住宅地で夜通しの爆音が珍しくないところを見ると、タンザニア人自身にとっては普通
のことのようです。


先日、近所の商店に行ったら、お客のいない店内で店番の娘がラジオをボリューム
最大でかけていましたので、「声が聞こえないんだけどー!」と声を掛けたらラジオを
切ってくれました。


営業がたけなわとなったバーではライブ演奏がまたすごいので、平穏に暮らしたいなら、
住居を決めるときは近くにバーや結婚式場の類がないところを選ぶのも大事です。


2017年4月30日

trunk road.JPG


ダルエスサラームの道路は、市街地および幹線道路はきれいに舗装されていますが、住宅地など
では、いったん脇道に入ると途端に未舗装になります。
雨の降らない乾季は、地面がカサカサに乾くので、車が通るたびものすごい砂埃が巻き上がります。


それは雨季になると一変し、未舗装の道はどこまでも続くぬかるみ道に変わります。
海辺の街でもあり、基本的に砂がちで水はけが良いところが多いのですが、もちろんそうでない
ところもあり、ところどころに大小の水溜りが出来て人も車も大きく迂回することになります。


大きな水溜りとなると、道路の端から端まで到達するほどになっている所も見られます。
少しでも水深の浅い部分を通ろうと、車が大きく右へ左へとゆっくり蛇行する様子は、千鳥足で
フラフラ、ヨタヨタと歩く人を思い起こさせます。
日本の道路では普通、このような走り方をする車を見ることは皆無ですから、なかなか見もの
だったりします。


過酷な道路状況を生き抜くために、街を走る車には4WD車が目立ちます。


さて、大量の水を含んだ未舗装の道を連日、数ヶ月に渡る雨季の間じゅう車が往来し続けた道は、
水が引くとどうなるか想像がつくでしょうか。
場所によっては、もはや「道路」の原型を留めないほどに凸凹です。晴れた日々が続くと、
その凸凹を残したまま乾燥して固まってしまいます。


あまりにひどくなれば、やがてグレーダー(地ならし機)がかけられる時がやって来ます。
本来の平らな表面が再現されると、ホッとするものです。


graded road.JPG
(地ならし後の住宅地の道)


せっかく舗装されていた道も、作業が甘いところは、雨季の間に隙間から浸透した水がいずれ
路面を破壊します。分厚いアスファルトがまるでバラバラに割ったチョコレートのような瓦礫
となって路上に散乱し、いくつもの大きな穴ボコも出現します。


そのような路上を、連日、バスや車が通るのです。
車両は最大限徐行し、かつダメージの少ない部分を探して右往左往して進むのですから、
通行は非常に限られます。その結果、ひどい渋滞が引き起こされ、それは道路が直らない限り
続くのです。


乾季に入ってしばらくすると道路の補修工事が始まり、ある日突然、道がきれいに戻ります。
スムーズな運転の喜びを再び味わうことが出来ます。


安全ベストとマスクをつけた作業員が、舗装道路の路肩に溜まる砂をこまめに掃除をしてくれる
ので、いつも路面はきれいに保たれています。


市内の幹線道路の一部には日本のODAで造られたものもありますよ。
車を走らせると表面がスムーズで安定感を感じます。


日本では考えられないことでしょうが、こちらの道路には側溝・排水溝のないものが大半と
いってよいでしょう(もちろん、ちゃんとあるところもあります)。激しい雨が降ると、
行き先を失った水がたちまち道路を沈めてしまいます。
どういうわけか水が引くのも早いのですが、車を運転する身にはハラハラする光景です。
日本製の道路は、側溝が備わっているからすぐ分かるという人がいました。


日本の道路を走るのには必要ないでしょう。
こちらでは、「エア・シュノーケル」というパーツを取り付けた車両が見られます。
エンジン内部に水が入らないように、空気の取り入れ口を上に設置するもので、運転席の
脇に「煙突」が立っているように見えます。


air snorkel.jpg


また、広い国土を走るのに、ランドクルーザーなども燃料タンクは二つ(dual fuel tank)
ついていたりします。


ちなみに、当地ではレギュラーガソリンというのはなく、すべてプレミアムガソリンです。


2017年4月13日

photo 3.JPG


日本でよくお母さん同士が「◯◯ちゃんのママ」「△△くんのママ」
と呼び合ったりしていますよね。タンザニアでも、一番上の子どもの
名前を取って「ママ・◯◯」という呼び方をします。


例えば、一番上の子どもがジョージであれば、「ママ・ジョージ(
Mama George)」です。
子どもが何人いても、一番上の子どもの名前で呼ばれます。


日本では、そのような呼び方をするのはあくまで、お母さんたちの
間だけですが、こちらではそれがれっきとした呼び方になります。
お父さんなら、「ババ・ジョージ(Baba George)」です。
スワヒリ語では、お父さんは「パパ」ならぬ「ババ」なのです。


お父さんがババなら、おばあちゃんのことは何と呼ぶのでしょう? 


おばあちゃんは「ビビ(bibi)」です。


ところで、ビビと言えば、ダルエスサラームの都心を貫く主要道路の
一つに「Bibi Titi Mohamed(ビビ・ティティ・モハメド)」という
名前の道路があります。


ティティ・モハメド女史は1950年代から60年代、タンザニアの独立に
尽力した女性政治家の名前。親しみを込めて「ビビ(おばあちゃん)」
を付けて、大通りにその名を残し、功績を讃えているのです。


実は、ダルエスサラームには、アフリカの英雄や革命家の名前を冠した
通りがたくさんあります。思いつくものを、以下に挙げてみます。


ジュリウス・ニエレレ通り(Julius K. Nyerere Road)
ジュリウス・カンバラゲ・ニエレレ(Julius Kambarage Nyerere)
タンザニアの建国の父、初代大統領。今でも国民にとても
敬愛されている。


カルメ・ロード(Karume Road)
アベイド・カルメ(Abeid Amani Karume)
ザンジバル革命後に成立したザンジバル人民共和国の初代大統領、
タンガニーカとザンジバルが合併して成立は、タンザニアの
初代副大統領。


ンクルマ通り(Nkrumah Street)
クワメ・エンクルマ(Kwame Nkrumah)
ガーナの初代大統領、独立の英雄、建国の父。


インディラ・ガンジー通り(Indira Gandi Street)
インディラ・ガンディー(Indira Gandhi)
インドの初代首相・ネールの娘で、インドの第5代および8代首相。


ハイレ・セラシエ(Haile Selassie Road)
ハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie I)
エチオピア帝国最後の皇帝、OAU(アフリカ統一機構)初代議長。


ケニヤッタ・ドライブ(Kenyatta Drive)
ジョモ・ケニヤッタ(Jomo Kenyatta)
ケニアの初代首相および大統領、建国の父。


カウンダ・ドライブ(Kaunda Drive)
ケネス・デヴィッド・カウンダ(Kenneth David Kaunda)
ザンビアの独立を指揮した初代大統領。


マンデラ・ロード(Mandela Road)
ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela)
反アパルトヘイト活動家、ノーベル平和賞受賞者、そして南アフリカで
初めて民主的に選ばれた大統領。


サモラ・アヴェニュー(Samora Avenue)
サモラ・マシェル(Samora Moisés Machel)
モザンビークの革命家。独立を指揮した初代大統領。


ルムンバ・ストリート(Lumumba Street)
パトリス・エメリ・ルムンバ(Patrice Emery Lumumba)
コンゴ共和国独立のリーダー、初代首相。


バラク・オバマ・ロード(Barack Obama Road)
バラク・フセイン・オバマ2世(Barack Hussein Obama II)
アメリカ44代大統領。2014年にタンザニアを訪問したのを機に、
官庁街から発して海沿いを走る道路の名前が、Ocean road(オーシャン・
ロード)から「オバマロード」に改変された。


アフリカ17か国が一斉に独立を果たした1960年。
タンザニアが独立したのは、「アフリカの年」Year of Africaと
呼ばれる、その翌年1961です。


こうやって、革命家や初代大統領たちの名前をみていると、独立を
目指して団結し、ついに果たした建国に沸く当時の熱い雰囲気が
伝わってくる気がします。


2017年3月18日
2017年1月19日
2016年12月14日
2016年12月 5日
2016年11月 1日
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