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ラオス特派員の最新海外レポート

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“ジャール平原” (Plain of Jarシェンクワン県)は広々とした緑の丘陵に不思議な石の壷)が500個以上も転がっている平原です。この壷がいったい何に使われたか、まだ、最終結論は出ていないのですが、多分、周辺で発見されたの埋蔵品から推察して死者を治める【棺】として使われたのであろうといわれています。いま、ユネスコに世界遺産として登録を申請中です。

(ジャール平原の不思議な石壷)
Photos by Ms Phoulatsamy Douangphonexay

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世界経済不況とか新型インフルエンザとか、対処しがたい出来事に見舞われ、世界じゅうの旅行産業は散々な状況になっています。そのかなでラオスの観光はナンとか上向きで、影響は少ないほうですが、御多分に漏れず目標には及びません。
ラオス観光庁は一計を案じました。いまは好況に沸いている元気なラオスの人たちに国内旅行をもっとしてもらおうという、いわゆる内需の拡大です。

(歓迎の踊り:シェックワン県サムヌア)


その一環として、ラオス観光庁は5月の末に突然、ラオス初代大統領のスファヌボン生誕百年記念シェンクワン県&フアパン県“大キャラバン・ツアー”の実施を発表しました。“突然に”“直前の”イベントを発表するのはラオスの得意技(?)ですが、わずか2週間でいったい何人の参加者を得られるのか、周辺ははらはらドキドキの毎日でした。


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6月12日、ラオス商業同盟会長とか商工省大臣、そして観光庁長官の呼びかけが功を奏したのか、北から南から12県の旅行関係者と旅行愛好家が勢ぞろいしました。小さな首都ビエンチャンに早朝5時に集まったのは車両150輌、参加者450人。初代大統領生誕百周年を祝う大祭典が、シェンクアン県のジャール平原のそのサラに先、北西のフアパン県ビエンサイで準備されていました。

(北の街道を行くキャラバン隊)


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ビエンサイはラオス人民民主共和国生誕の地といわれています。1975年にラオスが成立する前、インドシナ戦争(ベトナム戦争)でベトナム軍とラオス軍はともにアメリカの戦闘機を迎え撃ってこの地で戦いました。このベトナム国境のフアパン県は豊かな緑の水田が広がる穀倉地帯です。ここがアメリカ軍の空爆で集中砲火を浴びましたが、この地域は石灰岩に覆われていて、太古の時代にできた485もの洞窟が自然の要塞として大いに役立ちました。

(洞窟をつなぐ通路)


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ラオス軍の司令部も学校も病院も工場もすべてこの洞窟の中に作られました。空爆と機銃掃射を避けて、日中はこの洞窟に潜み、夜になると農作業にでかける、というたくましい生活が5年間の抵抗戦を支えました。美しい自然の風景と洞窟に残る戦争遺跡が、いまはビエンサイの観光に役立っています。初代大統領生誕百年記念式典も洞窟のひとつである大広間で行われました。

(洞窟内の式典広場)


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メコン川沿いの平野と違い、ベトナムと国境を接するラオス北西部は山岳地帯です。緑の山並と谷間の水田が目に沁みます。この峠を越えると、200キロ先はハノイです。

(フアパン県の緑の山並)
Photos by Ms Phoulatsamy Douangphonexay


2009年6月29日| | トラックバック (0)


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