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フィリピン/マニラ特派員ブログ Okada M.A.

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2014年11月13日

珊瑚礁の海にあったアラビア文化の王国と「ありがとう: Salamat」の関係


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珊瑚礁の海にあったアラビア文化の王国と「ありがとう: Salamat」の関係

2013年3月、マニラ在住の、かつてフィリピンのスールー海に実在したアラビア文化の王国「スールー王国」の「スルタン」キラム家の末裔、ジャアルル・キラム三世が率いる武装集団「スールー王国軍」の400名が、突然マレーシアの北ボルネオ・サバ州に上陸し、サバ州の領有を主張して返還を求め、マレーシア治安部隊との銃撃戦となり、双方合わせて14名の死者を出すに至る、まるでフィクションの様な事件が突然発生しました。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BC%E7%8E%8B%E5%9B%BD


かつてのスールー王国の国旗


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皆さん、こんなまるで人気マンガの「ワンピース」を地でいくような事件が、ほんの昨年勃発した何て信じられますか?またそれよりもさらに、ごく近代まで、世界有数の珊瑚礁の美しさで世界中のダイバーの憧れであるフィリピンのスールー海に、アラビア人のスルタンを王としてアラビア語が公用語であった「スールー王国」があったなんて、日本の一般の方は果たしてどれぐらいの方がご存知でしょうか。また、この王国の主な収入源は奴隷の売買であったらしく、ビサヤ地方やミンダナオでは、人さらいの海賊、スルタンは海賊王として恐れられていたといいます。世界で最も美しい珊瑚礁の海を行く海賊王の奴隷船、何と恐ろしくもゴシックなロマンチックさでしょう。


さて一方、フィリピン語(タガログ語、ビサヤ語その他)で「ありがとう」は「サラマッ(ト):Salamat」ですが、この語源は、何の学術的な根拠はないものの、私にはアラビア語の 「サラーム:Salaam」 が源ではないか、と思えてなりません。

サラームの意味: http://ejje.weblio.jp/content/salaam

ご存知の方も多いと思いますが、フィリピン語はスペイン語をその語源とするものが多く、例えば、「元気ですか」は「クムスタ:Kumsta」ですが、これは明らかにスペイン語の「コモ ・エスタ:Como esta」から、後、「時間:オーラス」「馬:カバーヨ」「銀行:バンコ」や通貨の「ペソ」を始め、ガルシア、リサールなどの人名や、地名などにスペイン語が直接残っていますが、(フィリピン自体がスペインの国王の名:フェリペから) その「ありがとう:サラマッ(ト)」はスペイン語ではご存知のように「グラシャス」なので、これに限っては全く由来しないのは明らかです。ですので、上記の様なアラビアンのスルタンの国がフィリピンに実際に存在した以上は何らかの影響があっても不思議ではありません。(しかしモチロン私の「歴史ロマン」でしかない可能性も大いにあります)



フィリピンの人々の日常にある「アラビア文化」、その先に見える「珊瑚礁の中のスルタンのアラビアン王国」、これを歴史と文化の浪漫と言わずして何とする、と私は想うのです。


キラム三世 Illustrated by Okada M.A.
スルタンの末裔の最後の家は、マニラの比較的貧しいイスラム居住区の中にある普通の二階建ての家だった。本人は「世界最貧のスルタン」を自称していたという。しかし、私はこれも一つの男の浪漫といえるかも知れないと思う。


最初に登場した、「ラスト・エンペラー」ならね「ラスト・スルタン」 (後継はおられるでしょうが)ジャアルル・キラム三世は残念ながらかの戦闘の後、数ヶ月で亡くなりましたが、その戦闘をスルタンの「最後の聖戦(ジハード)」と考えれば、マンガやゲームなどの及びもつかない様な、哀切の悲劇の浪漫と言えるのではないでしょうか。合掌。


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[トリビア]
 ・ボルネオのサバ州には、古い邦画ファンの皆さんにはお馴染みの「サンダカン八番娼館 ・望郷」のサンダカンがあります。「からゆきさん」の哀愁の街です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%AB%E3%83%B3%E5%85%AB%E7%95%AA%E5%A8%BC%E9%A4%A8_%E6%9C%9B%E9%83%B7

(注意)以上の文は、筆者のフィリピンに於ける歴史ロマンに対する情緒を表現するために選ばれた題材であり、筆者の憶測が含まれています。これは何らの史実に対する悪意に基づいたものではありません。


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カテゴリー 文化・芸術・美術
2014年11月13日
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