「第2のムラカミ」を探すノルウェー出版業界! 村上春樹氏の著書翻訳者にインタビュー

公開日 : 2013年03月05日
最終更新 :
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Photo&Text: Asaki Abumi 村上春樹作品のノルウェー語翻訳者であるイーカ・カミンカ氏(左)とマグネ・トリング氏(右) 首都オスロにある文学館「文学の家」にて

「ハルキ・ムラカミ」。ノルウェーで彼の名前を耳にしたことのない人は少ないだろう。日本から遠く離れた北欧ノルウェーの地では、村上春樹氏の作品はすでに13作品がノルウェー語に翻訳されており、日本文学者として圧倒的な人気を誇っている。

村上氏の影響により、現在ノルウェーの各出版社は「新しいムラカミを!」と、日本人作家から第2のムラカミ発掘にいそしんでいるようだ。

ムラカミ人気に伴い、日本文学作品にも注目が集まっており、2013年度中にノルウェーですでに5作品が出版されることが決定している。村上氏は2010年8月にノルウェーを訪問しており、首都オスロにある文学館「文学の家」では、ムラカミ・フェスティバルが開催された。村上氏の講演のチケットは即完売となり、同氏の滞在中、国内メディアも連日で関連ニュースを報道していた。

村上氏のノルウェー語翻訳作品を出版しているPAX出版によると、これまでの全作品の発行部数は18万部を突破しており、『1Q84』に関しては3万1千部以上に上るという。「人口500万人という、この小さな国でのこの発行部数に、私たちはとても満足しています」と、PAX出版の編集者Janicken von der Fehr氏は語る。

ノルウェーで、村上氏の作品がどうしてここまで熱い支持をうけているのだろうか。同氏の作品のノルウェー語翻訳者として知られる2人のノルウェー人にインタビューをしながら、ノルウェー人にとっての日本文学作品の魅力について迫ってみた。

これまでの村上氏の著書をノルウェー語へ翻訳したのは、5人のノルウェー人だ(そのうちの2人は英語からノルウェー語へ、3人は日本語からノルウェー語への翻訳)。

特に村上作品の翻訳の第一人者として知られているのはイーカ・カミンカ(Ika Kaminka)氏。カミンカ氏は『ノルウェイの森』や『1Q84』をはじめとする7冊の村上氏の作品(全てPAX出版)と、夏目漱石の『こゝろ』(Solum出版)、桐野 夏生の『OUT』(Gyldendal出版)を翻訳している。また、ノルウェー翻訳協会が外国語純文学作品のノルウェー語翻訳に貢献した者に贈るバスティアン賞を、『1Q84』を翻訳したカミンカ氏が2012年度に受賞している。

また、もう1人の翻訳者マグネ・トリング(Magne Tørring)氏は、村上氏の『スプートニクの恋人』(PAX出版)と『めくらやなぎと眠る女』(カミンカ氏と共訳)、小林 多喜二の『蟹工船』(Bokvennen出版)、マンガ作品の『DEATH NOTE』(Egmont Serieforlaget出版)、金原ひとみの『蛇にピアス』(Hr. Ferdinand出版)などを翻訳している。

3月1日、文学館「文学の家」で開催された翻訳イベントの講演後、イーカ氏とトリング氏が、流暢な日本語で、ノルウェーでのムラカミ作品と日本文学ブームについて語ってくれた。

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カミンカ氏

「村上さんの作品の背景には資本主義が大きく関わっています。なんのために生きるのか。信じるものを失った社会で、どの作品の登場人物もそこで孤立しています。村上さんの本を読むと、その世界感を外側からみることができますね。孤独に対する考え方は、国や人によって違えど、どこの国にも似たようなことはあるのではないでしょうか」

写真:翻訳イベントで日本語からノルウェー語翻訳に関する講演をしたカミンカ氏とトリング氏

トリング氏

「村上さんは洞察力が大変優れていて、彼の作品には深みがあります。文章は軽めで、なにもなさそうだけど、文章を味わうと、そこには何かがあります。皆が生きている、変哲もない普通の生活が、彼によって斬新な発想であらたに味がつけられているんです。このあらたな味は日本人からみても不思議なものなのではないでしょうか。日本のことを知らなくても、惹きこまれる。ノルウェーだけでなく、世界中で彼の作品が支持されている理由はそこにあるのではないでしょうか」

「ノルウェーの若手作家が読む作品」と

一般読者には受け入れられなかった90年代

村上氏の作品がノルウェーで発表され始めた頃、同氏の作品の魅力に気づくノルウェー人は少なかったそうだ。90年代、同氏の作品は、「ノルウェーの若手作家が読む作品」といわれるほど、マニアックな文学好きな人々にしか支持されていなかったと2人の翻訳者は語る。

村上氏がノルウェーを訪問した1999年、本屋で開催された対談イベントにはなんと20~30人の文学好きしか訪れなかったという。2010年の村上氏の再訪問の際のメディアから一般市民に至る注目振りを振り返ると、信じられないほど低い認知度だ。

「ハルキ・ムラカミは、文学のかたちを変える」

諦めなかったノルウェーの出版社

しかし、当時のPAX出版社の編集者だったビルギット・ビャルク(Birgit Bjerck)氏は、「売れる・売れないというより、これは文学のかたちを変えてくれるものだ」と強く信じて諦めなかったという。ノルウェーの出版社が村上氏の作品にこだわり続けた結果、この日本から届く独特な作品はノルウェーで受け入れられ、現在「ジャパン」といえば「ハルキ・ムラカミ」と、多くのノルウェー人が連想するほど地元の文学市場に根付く存在となった。

ノルウェーで、日本文学出版ブーム?

「ジャパニーズが来る!」(ヤパーネルネ・コンメル!/Japanerne kommer!)。これは2月23日にノルウェー国営放送局NRKが、今年ノルウェーにきそうな日本文学出版ブームを取り上げた電子報道のタイトルだ。NRKの取材に答えたのはトリング氏。「今年だけで、ノルウェー語に翻訳された日本文学作品が5冊出版されます。1年でこれだけの日本文学作品が本屋に並ぶのは初めてのことです」と同氏は語る。

日本のベストセラーが、ノルウェーで売れるとは限らない

どの日本文学作品がノルウェー人に受け入れられるか、それはカミンカ氏にもマグネ氏にも未だに予測が難しいという。「ノルウェーの複数の出版社から、よく"次のムラカミはいないか"と聞かれるんです」と語るトリング氏。しかし、村上氏の作品がノルウェー人に受け入れられるまでには時間がかかったように、新しい日本発のヒット作を見つけるのは容易ではない。

次々と発売予定の日本文学作品

トリング氏は、村上氏とは違うテイストの日本人作家を出版社に提案し、それが今年発売される。諏訪 哲史の『アサッテの人』(PAX出版)と、川上 未映の『乳と卵』(Bokvenner出版)だ。「諏訪さんの作品は自分で翻訳をしてから、編集者におもしろい本があると粘りました。川上さんの作品は、出版社からいい日本文学はないかと聞かれて、若い女性の身体とアイデンティティに関する描写がノルウェー人にとっては新鮮な目でうつるのではないかと思い、推薦しました」とトリング氏。

また、明治時代から現代までの日本人作家の作品を集めた短編集もトリング氏、カミンカ氏、オスロ大学の安部オースタッド玲子教授との共訳で今後出版予定だという。しかし、本がノルウェー人に受け入れられるかは誰にも実際わからない。トリング氏はどのような結果になるか、今からドキドキだそうだ。

カミンカ氏は出版社からの依頼で、平出隆の詩集『胡桃の戦意のために』(Oktober出版)と、伊藤 比呂美の作品(題名未発表/Den grønne malen出版)を翻訳し、今年発売されるという。別のノルウェー人翻訳者による、よしもと ばななの『みずうみ』(Cappelen Damm出版)も年内発売予定だそうだ。また、4月に文芸春秋から刊行予定の村上氏の新作長編小説も、「私が翻訳したい!」とカミンカ氏が意欲を燃やしている。

「第2のムラカミ」を探す、ノルウェー出版業界

「ノルウェーの出版社が日本文学に注目する背景には、村上春樹さんの影響が大きいです」と語るトリング氏。ノルウェーの出版業界では、外国人作家の翻訳本は最初に発売した出版社がその後も発売権利を独占するという暗黙のルールがあるという。村上氏の才能にいち早く目をつけ、売上を大きく伸ばしたPAX出版社の成功例を追おうとする出版社は数多い。どの日本人作家が、ノルウェー人の心を掴み、「第2のムラカミ」となるのか。今後のノルウェー出版界の日本文学の動向が楽しみだ。

関連サイト

マグネ・トリング 公式ブログKotoba

地球の歩き方 オスロ特派員ブログ「ムラカミ・フェスティバル~感想レポート~」

ノルウェー国営放送局NRK 電子記事「Japanerne kommer!」

文学館「文学の家」(Litteraturhuset) 公式HP

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