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ブラジル/レゼンデ特派員ブログ 小宮 華寿子

ブラジル・レゼンデ特派員が現地から中南米地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。

2015年3月 7日

暗中模索。ブラジルでの子育て


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暗中模索。ブラジルでの子育て

最近は幼稚園の先生たちから「日本に帰っちゃダメよ」と声をかけられたり、友達からお別れのお茶会をしようと誘ってもらったり。ブラジルを離れることを急に実感し始めた日々です。


ブラジルにいる間にここでの育児、幼稚園や学校のことについて書いてみようと思いました。


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ブラジルに来る前、私はここでの生活を超楽観的に考えていました。


家庭を持つ前は70リットルのザックを背負い、海外を旅して歩きました。貧乏旅行でしたから途中で仕事を見つけて働き、ボロアパートの賃貸契約も一人でやってきました。仕事で海外取材に行くこともありました。多かれ少なかれ海外ではトラブルがあり、それでもその都度なんとかやってきたからブラジルでも大丈夫だと思っていました。


しかし大きな違いは子供が一緒であること! 


日本を出発する前に友人達から「ブラジル産の4人目を!」なんてからかわれてきましたが、待っていたのはとんでもなく余裕のない日々でした。


レゼンデには日本人学校もインターナショナルスクールもありません。子供達は現地の私立校に通いました。


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学校のチラシには英語教育重視とうたっていたので、少なくとも保護者と教師間の意思疎通はできるだろうと思っていました。思っていたのに、入学してみれば校内で英語は全く通じませんでした。


救いだったのは3人の子供が同じ学校に通えたこと。ブラジルの私立校は1歳から入れる幼稚部があるところが多いのです。子供達も学校内で見かける兄弟の姿が心の支えになったと思います。


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上の写真はフェスタデジュニーナという収穫祭のような大きなお祭り。学校でブラジルの伝統行事に触れられたのもすてきなことでした。


子供達のブラジルでの成長を少しご紹介しますね。大人にとっての2年と子供にとっての2年は随分違うものです。


末っ子次男 <2歳→4歳>


ブラジルに来たのは末の男児が2歳になったばかりの頃でした。魔の二歳、イヤイヤ全盛期をここブラジルで迎えたわけです。哺乳瓶持参で来たのですが、引っ越しのどさくさで哺乳瓶はそのまま卒業できました。


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兄と姉も使ったアンパンマンのオマルは日本から送り、こちらでトイレトレーニング。無事にオムツも外れました。ブラジルではオムツやお尻ふきがとても高いんですよ。日本で一個100円以下で買えるお尻ふきは500円以上します。


オムツはパンツ型が売っていなくて、履き心地もきっとよくなかったのでしょう。2歳の彼は歩きながらズボンに手を入れてはオムツを勝手に外してしまい、道に投げつけるということが多々ありました。その度に拾いに行って...。すれ違うブラジル人にも笑われていました。


次男は言葉が遅く、ブラジルに来たときには少し単語が出るくらいでした。それが今ではポルトガル語交じりの日本語をペラペラペラペラ、一日中しゃべっています。


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日本でも保育園にお世話になっていたのでお預かりには慣れていましたが、ブラジルでの最初の担任の先生は黒人の先生。そのうちに家では「黒いガブリエロと白いガブリエロがね~(ブラジルにはガブリエロという名前の男の子が多い)」などと幼稚園の報告をしてくれるようになりました。


もちろん差別意識はなく、彼にとっては黒人も白人も黄色人種も同じ。ポルトガル語も日本語も英語も区別なし。世界は一つ、ワンワールド! 


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上の写真は幼稚園に移動動物園が来たときのもの。園児が牧場主に仮装して参加したのですが、そういう「なりきり方」はブラジルの方が楽しいかなあ...。


真ん中の長女 <幼稚園年中→小学校1年生>


人一倍おっとりしていて甘えん坊。人見知り・場所見知りがひどかった長女。幼稚園に連れて行っても私にしがみついて離れず、泣いて泣いて...。


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幼稚園にとっても私達が初めて受け入れる日本人であり、どう接していいか戸惑ったと思います。私としても長女の性格や日本でも集団生活をしてきたことなどを先生に伝えたかったのですが、言葉がわからず。


なんとか説明しようと幼稚園の片隅に残らせてもらい、その場で辞書を引いて、単語を並べた手紙のようなものを書きました。何時間もかかったのに、思うように伝えられないのをもどかしく思ったのを覚えています。


その結果、園は対応策を考えてくれました。登園時は2歳の弟のクラスに入り、30分ぐらい弟と一緒に過ごした頃に、年中のクラスの先生が迎えにくるというもの。2歳の弟を頼る姉だったのです。


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数か月間そんな日々が続いた後、登園時から自分の教室に入れるようになりました。年中は1クラス20人程度で担任の先生とアシスタントの先生がいます。


アシスタントの先生は若いアルバイトさんなのですが、長女をとてもかわいがってくれました。日本人の子供が珍しく、また長女は体が小さかったこともあり、毎日抱っこしてもらっていました。


先生の言葉は分からなくても、先生からのたくさんの愛情を感じとったから、長女は「ここは安心できる場所」と認識したのだと思います。今では人見知りもすっかりなくなり、ブラジル人の友達の家に泊まりに行くなんてこともするようになりました。


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上の写真は習い事のバレエ教室で。全員同じ学年なのに、体格差がすごいです。


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幼稚園の保育時間中に園庭を借りて誕生日会もしました。日本では園が誕生月の子供のために誕生日会を開いてくれますが、ブラジルは個人ですべて用意。


長男 <2年生→4年生>


幼稚園で遊びながらポルトガル語を覚えた妹や弟とは違い、長男は努力してポルトガル語を習得しました。


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初日からブラジル人の子供が受けている普通の授業に投入され、算数も理科も歴史も地理もポルトガル語で習うのです。それでもただの一度も「学校に行きたくない」という言葉は言いませんでした。


学校では毎日のように大量の宿題が出され、宿題をやらなければ連絡帳に親宛ての警告文が書かれます。気にするのはやめようと思っても、毎日毎日先生から注意され続けるのは精神的につらいものです。


ポルトガル語は学校の授業とは別にもレッスンを受けました。そこではアルファベットを書くこと、「おはよう」や「ありがとう」などの挨拶から習い始め、色の名前だったり、物の名前だったり、単語を覚えるところからスタートです。集中力がなく、要領の悪い長男。すぐに席を立ってフラフラしようとする息子に先生は根気強く教えてくれました。


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もちろん自宅でも私と学習。「これ昨日も教えたよね」と、私はイライラしっぱなしでしたけど。


それでもポルトガル語超初級の長男が、ブラジル人と同じ宿題を同じ量こなすのは無理があって、毎日夜中までかかっても終わらず、途方にくれました。


「今は本人のポルトガル語の力量とかけ離れた学校の宿題をやるよりも、ポルトガル語の基礎から学ぶことに時間を割きたい」と学校側の窓口であった教頭先生に話したこともありました。


教頭先生からの返答は「宿題はやらなくてはいけない。テストも全科目で及第点をとらなければ留年。日本人だからといって特別扱いは一切しない」という厳しいもの。


学校には私達より先にアルゼンチンからの子供やフランスからの子供も入っていましたから、先生達は日本人も同じようなものだと思ったのでしょう。


悔しくなりましたよ。私達は決して怠けてなんていない。先生達には日本人の子供がポルトガル語を学ぶ難しさがわからない! スペイン語やフランス語のように単語も文法も似た言語圏とは違うんだ!と。


悔しくなったのには、たかだか2年生になったばかりの男児を夜遅くまで机にしばりつけることが正しいのかという思いもありました。こんなに大きな国に来て、何をチマチマやっているんだろうと。何ひとつ楽しんでいないと。


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私は毎日長男の宿題に付き合って、長男が寝てからも彼の地理やら歴史やらの教科書の単語を調べて意味をメモしました。おおよそ何の勉強をしているかだけでも分かるように。それが終わったら、学校からのお知らせのプリントを翻訳します。


ポルトガル語は活用形が多く、変化形のまま辞書を引いても訳が出てきません。その単語の原形が想像できるようになるまで、辞書も思うように使えませんでした。


もともと落ち着きのない性格の長男にとって、1時間でさえ机に向かうことは苦痛。それでも「ポルトガル語が分かれば友達ができる。今がんばれば学校がずっと楽しくなる」という言葉かけの繰り返しでした。


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それが半年経った時に、「なんとなく学校の授業がわかるようになった」と。


それからは雪だるま式に吸収していくようになり、8ヵ月経つころには一人で宿題が解け、それほど時間がかからなくなりました。ここで私との二人三脚の勉強は終了。家ではほとんど勉強しなくなりましたが、2年経つ現在は格段の差をつけられて私が置いていかれています。


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暗中模索の当初、厳しい返答をされた教頭先生から長男は「最もブラジル人に近い日本人」だと称号を与えられ、あの時の悔しい気持ちも今ではいい思い出。


教頭先生は言葉の面だけでなく長男の性格も含めて言ったのだと思いますが、実際、長男の人懐っこい性格には随分助けられました。妹も弟も長男に倣い、ブラジルに慣れていけたのだと思います。


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親友と呼び合う友達ができ、サッカーも習い、真っ黒に日焼けした長男は毎日生き生きとしています。


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長男が学校で書いた詩のひとつに「どこの国の人でもいいんだ」と題名がつけられたものがありました。「日本人でもいい、ブラジル人でもいい、アルゼンチン人でもドイツ人でもフランス人でもいいんだ」という内容。


そんな大きなことを学んだのかと、ブラジルでの生活はものすごく意味があったと思えました。


ブログもあと少しなので実生活をご紹介してみました。楽ではありませんでしたが、それは日本にいてもどこにいても同じですよね。


長文になってしまいました。お付き合いありがとうございました。


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      小宮 華寿子
      ブラジル在住ライター。出版社編集部員を経てフリーランスに。アラスカの氷河の上からマニラの夜の歓楽街まで各地を取材して歩き、オーストラリアには1年滞在。2013年5月よりリオ・デ・ジャネイロ州レゼンデで家族と共に暮らし始めました。子供は3人。まったなしの育児のおかげで、ブラジルの常識に直面する毎日。大自然や手仕事を探す南米旅行情報を織り交ぜつつ、初心者ならではの新鮮な驚きを綴ります。ご連絡はこちら

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