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日本国内/滋賀特派員ブログ FUNAZUSHI-MARU

日本国内・滋賀特派員が現地から日本地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


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10月7日の宵山に引き続き、8日の本祭を紹介したいと思います。この日は朝は少し曇っていたものの、徐々に回復して日中は最高の天気になりました。


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なんと、今回ボランティアとして中堀町の曳山、「孔明祈水山」の綱の引き手で参加させていただくことに。
歴史あるお祭りに、観客とは違った立場で関わらせていただく大変貴重な経験をさせていただいたのです。

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この「孔明祈水山」、今年は法被を新調したとのことで、僕にも真新しくビニール袋に入った法被と手ぬぐいが
手渡されました。

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午前9時前、いよいよ曳山出発の時間ですが、その前にみんなで景気づけの献杯!


祭には13基の曳山が巡行するのですが、その順番は9月16日に行われる「鬮(くじ)取り式」にて決まります。
大津祭発祥の元になった曳山「西行桜狸山」は「鬮取らず」といって毎年1番が決まっています。
僕が曳く「孔明祈水山」はこの鬮取り式で一番最後となっており、ややゆっくり目のスタート。


この大津祭、近くにある「天孫神社」の祭礼ということで、引き手と言えども神事に関わる神聖な役割。
ということで、曳山を引いている最中は写真撮影などはもちろんNGです。ブログ取材としては祭りの様子をレポートしたいところですが、こればかりは仕方ありません。休憩中の限られた写真で祭りの様子を伝わればいいのですが。

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曳山はまず、天孫神社の前に集合し「鬮改め」を行い、それから「所望(しょうもん)」といって、各曳山に備えられた「からくり」を動かし演じます。
巡行中には街の25か所に「所望」の場所が決められており、その場所には先を赤く染めた御幣という紙の印が各家の軒先に飾られています。
「所望」自体は1回あたり1分~2分程度の短いものですが、各「からくり」は中国の故事や能楽を元にしたストーリーからシーンを切り取っており、お囃子の音楽に合わせて短い中にも起承転結を感じさせるものとなっているんです。


ではちょっと長くなりますが、せっかくの綺麗な曳山なので13基全てを紹介!

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▲「西宮蛭子山」・・・からくりはエビスさんが鯛を釣り上げる所作で人気

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▲「神功皇后山」・・・日本のジャンヌダルク「神功皇后」の伝説にちなんだもの。岩に弓で字を書く所作により次々と文字が現れる様子を描きます。

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▲「石橋山」・・・からくりは岩が開いて唐獅子が歩み出て、牡丹の花と戯れる様子を再現したもの。

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▲「湯立山」・・・天孫神社の湯立の神事に由来する。その神事の様子を再現。

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▲「月宮殿山」・・・鶴と亀の冠をつけた男女の舞人が皇帝の前で舞を舞う様子を描きます。

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▲「源氏山」・・・紫式部が月を見ながら「源氏物語」の構想を練る様子を描いたからくり。

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▲「龍門滝山」・・・その滝を登った魚は龍になるという登竜門の語源となった中国の故事「龍門山の滝」より、鯉の滝登りを再現。

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▲「殺生石山」・・・能楽「殺生石」より。和尚の法力で割れた石より女官姿の玉藻が現れ、その顔が狐に変わる・・・。

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▲「西王母山」・・・桃が二つに割れて中から童子が。桃太郎?

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▲「郭巨山」・・・中国の故事より。郭巨が鍬で土を掘ると黄金の釜が出てくるというシーンが再現。

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▲「猩々山」・・・能楽「猩々」より。酌めども尽きない瓶を与えられた高風が大盃で酒を飲み干すと、顔が赤くなる・・・。

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▲「西行桜狸山」・・・祭の先導をする守護の山。元は塩売治兵衛が狸のお面を被って踊ったことがこの大津祭の発祥となった。


これら曳山のストーリーを感じながら、それぞれの「からくり」を見て回るのが大津祭の面白さの一つですね。
ここから各曳山は順番に大津の街を巡行し、お昼に再び中央大通りに集合します。
そこまでは本祭の前半、そしてお昼からは中央大通りに設置された観覧席前を通って後半のコースに進んでいきます。

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大津の街は比較的フラットではあるものの、琵琶湖から離れるにしたがって上がっている地形でもあるので、この登りの時は引き手は常に綱引き状態、これが結構キツイんですよね。
また大津の街中の道は非常に狭いので曳山が通るのも目いっぱい。その都度山の方向を変える山方と言われる人たちは重たい曳山の前輪を6人~7人程度で持ち上げて変えます。おそらくこの役割が一番大変でしょう。

この日はフランスのメディアの方の体験取材があり、僕の真後ろに大変お綺麗なフランスの女性が同じく引き手として入ってこられました。
招待したのは大津市なのかな? 大津市長までもが孔明祈水山の引き手に。
ただでさえ貴重な体験なのに、さらにこんなサプライズまで・・・。 フランス人女性になんと話しかけて良いか分からず、少々オロオロしちゃいました・・・。


17時30分には巡行解散となり、順次それぞれの山町に帰っていくのですが、逆にそこが祭りのクライマックスに。
薄暗い中、大津駅前から商店街を下って行く間、祭の終わりを惜しむかのように曳山を取り囲についてくる観客の皆さん。
通りの2階には沢山んの人々が屋根に乗って手をたたき、また曳山の上の囃子手が「ピーヒャラ、ピーヒャララ、ハイ、ハイ、ハハイッ!」(多分…)
と煽りづ付け、その場にいる皆が同じように声を合わせ大盛り上がり!これぞ祭って感じです。
祭を形作っている街や参加者のこういった雰囲気が、由緒あるのに庶民のお祭りとして敷居が低くて大津祭の良いところ‼ だと感じました。

なんか大津の街自体好きになってしまいそうです。


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ボランティアの成果は・・・この雰囲気が味わえたこと、それと粽に手ぬぐい、曳山の皆さんとの記念写真も。
来年も絶対参加したい! けど、これじゃ取材にはならんけどね・・・。まあいいか、楽しいから。


もっと詳しく知りたい方はこちらのサイトが祭りの流れがよくわかります。


2017年10月14日

大津は滋賀の県庁所在地の街。
奈良時代の前には国の都が置かれていたり、中世以降は琵琶湖の舟運の集積地として古くから京都の外港の役割を持ち、また東海道の宿場町として栄えた歴史ある場所でもあります。


そんな大津で「大津祭」という、江戸時代から400年続く伝統あるお祭りが毎年行われています。


大津祭は長浜曳山祭・日吉山王祭と並ぶ「湖国三大祭」の一つであり、国の重要無形民俗文化財に指定されている由緒あるお祭りなんです。
江戸時代、天孫神社のお祭りに塩売治兵衛という人がお猿のお面をつけて踊ったのが起源と言われています。

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▲起源となったお猿の面


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毎年10月体育の日前日が本祭、前々日が宵宮と決まっており、今年の宵宮は10月7日に行われました。


「大津祭」の主役は13の各山町自慢の曳山。
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各曳山にはそれぞれ様々な物語や言い伝えの一部を再現した「からくり」があり、豪華な織物で飾られています。
(各曳山の種類や解説はこちらのページに詳しく紹介されています)


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宵宮はこの「からくり」や「見送り(曳山の後ろに取り付けられる織物などの幕)」が曳山から降ろされており、近くで見ることが可能です。
上の写真は「源氏山」のからくり。源氏物語をテーマにしており紫式部が石山寺にて源氏物語の構想を練っているところを表現したものなんです。

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これは「月宮殿山」の見送り。なぜかベルギー製でトロイ落城の情景を表したゴブラン織りなんです。
からくりの多くにも中国の故事などを表現したものがいくつかあり、大津が古くから大陸の文化へのなじみが深かったということがわかります。
この『ごちゃまぜ感』も大津祭が敷居が高く無くて面白いところ。今で言うとディズニーランドのパレードみたいな感じ?


それをもっと感じさせるのが、布袋さんの「ねりもの」。
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「ねりもの」とは曳山巡行の後ろを練り歩いた被り物の衣装のこと。
今は使用されていませんが、昔はこれを被って「ねり歩いた」そうです。
現在でいう(ゆるきゃらの被り物)といったものでしょうか。
ちなみに大津祭にもちま吉っていうゆるキャラがいますよ。


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それぞれの曳山が留め置かれた町では大吊提灯が飾り付けられ、
「ピーヒャラ、ピーヒャララ」とお囃子が21時過ぎまで鳴り響き、お祭りムードを盛り上げます。

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▲西行桜狸山(これが祭り発祥の曳山。毎年この曳山が「くじ取らず」といって1番に巡行を始めます)

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▲湯立山

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▲月宮殿山

各山では粽や手ぬぐいなどが売られていたり、全ての山を巡るスタンプラリーなんかも実施されています。

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山によってはビールやおつまみが販売されてたり、
また振る舞い酒をされている山もありました。(ちなみに浅茅生という地酒は大津のアーケード街に酒蔵があるんですよ。)


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本祭で各曳山が巡行する東海道を含む各通りにはお店やお家の1回に幕や提灯が飾られ、
お店によってはショーウインドウ内に大津祭にちなんだものが飾ってあったりします。

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こういった趣向を凝らした飾りを見ながら夜の大津を歩くのもなかなか楽しいですよ。

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各通りに面したお店やお家の窓は全開になっており明日の本祭の観覧席に。
明日はここにおうちの方や親せき集まって曳山のからくりを間近に見る特等席となるんですね。

街中は屋台などもなく、お祭りの歴史や風情を十分に感じながら歩くことができますよ。
でも祭りの楽しみの一つと言ったらやっぱり屋台。ではどこに?

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実は屋台は天孫神社の境内の中に。あまり広い境内ではないので満員電車なみの大混雑。
ですが、これはこれで人々の熱気と屋台の美味しいものの匂いが凝縮し、カオスな祭の醍醐味を堪能できます!


実は今回Funazushi-maruは明日の本祭に「孔明祈水山」の綱の引手にボランティアとして参加させていただくことに。
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山の責任者の方に聞くと体育の日の3連休はほとんど雨が降ったことがない、らしい。(梅雨時の祇園祭りは毎回雨ですが・・・)
明日も絶好の祭り日和になるみたい!
初めての曳山に初めての法被、楽しみだあ!


2017年10月 9日

「湖賊」って言葉、ご存知でしょうか?
海賊なら言葉は誰もが知っていると思いますが、どんな人々であったかまでは理解している人は少ないと思います。


和田竜さんの小説「村上海賊の娘」を読めば、日本にいた海賊と呼ばれた人々がどんなだったのか何となくわかります。

海賊とはある海域を支配している人々で、そこを通行する他の船を「上乗り」っていって、頼んでもいないのに
乗り込んで他の海賊から守ってくれます。もちろん上乗り料を支払わないといけません。
で、上乗りを断ると逆に海賊から襲われます。そうやって通行料を取ることで生業としていた人々なんですね。
ある意味この海賊の人々のおかげで海に一定のルールと治安が保たれていたらしい・・・。


琵琶湖も海のように大きな湖。ここにはなんと『湖賊』という琵琶湖の海賊がいたんです。
それは琵琶湖の最も狭くなる領域で、現在「琵琶湖大橋」が架かっている場所。
その西側に「堅田」という地域があります。
今回はそんな「堅田」をご紹介いたします!


琵琶湖の最も狭い場所、そこは船の関所になっていました。その名残を残す場所に「出島の灯台」があります。

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明治初期に設置された珍しい木製の灯台。このあたりには暗礁があるようで、湖上交通の安全のために建てられました。
灯台付近は琵琶湖の造船の中心地としても発展した地域でもあります。


そして、琵琶湖観光の写真には必ずでてくるのが「浮御堂」。

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浮御堂があるのが、ここ堅田の地。
湖上に突き出る形でお堂が建てられており、琵琶湖を代表する風景を作り出しています。
この景色は室町時代に選定されたといわれる「近江八景」の一つ
「堅田の落雁」として、も紹介されており、昔から景勝地となっていたのです。


「落雁」と聞くと干菓子のらくがんを思い出す人も多いのではないでしょうか?

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秘密その一、実はこの「落雁」、堅田が発祥の地と言われています。

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大正時代から続く老舗「金時堂」さん、こちらのお店でも「落雁」を作られています。
金時堂さんの落雁はまさに近江八景「堅田の落雁」である浮御堂がモチーフ。

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長年使われてきた木型を見せていただきました。
この木型に香川県産の高級な砂糖「和三盆」糖を材料とする粉を詰めて、時間を置くと固まるそうです。
現在ではお茶菓子として以外ではあまり見かけなくなった落雁ですが、素朴で上品な甘さが口に広がる日本の伝統的なお菓子。
続いていってほしいものですね。

金時堂さんでは他にも絶品スイーツがあります。

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いちご大福ならぬ「パイン大福」。僕はこれが一押し!
ふわふわのお餅のなかにジューシーでさわやかな甘さと酸味が絶妙なパイナップルがゴロンと入っており、
めちゃ旨なんです。堅田に来たら是非これは食べてほしい一品。

もう一つお菓子を紹介。

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一休さんのかわいいイラストがプリントされたせんべいです。せんべい自体はごく普通なんですが、
なぜ一休?・・・と思いませんか?実はこれまた堅田の隠された秘密が。

有名な一休和尚は若いころは宗純という名でしたが、ここ堅田の祥瑞時にて修行し「一休」という道号を授かったのです。
なのである意味、堅田は一休さん誕生の地でもあるんですね。


他にもいろいろ見どころは沢山!

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浮御堂から西へ少し進んだところには「湖族の郷資料館」があります。

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こちらでは堅田で使われてきた漁具や生活の道具が展示されている他、堅田湖族の歴史について詳しい展示があります。

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光徳寺にこの地域に伝わる悲しい秘密の物語が・・・。

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その昔延暦寺の天台宗と浄土真宗が対立していた頃、浄土真宗の宗主である蓮如が一時身を寄せていたのがここ堅田。
そんなこともあって堅田には熱心な浄土真宗の信者がいました。
ある時蓮如は三井寺に預けていた親鸞聖人の像を返すように申し出たところ、三井寺は「生首を2つ持ってこい」と無理難題。
それを聞いた堅田の源右衛門親子、息子の源兵衛の首を落とし自分の首と合わせて2つ用意するとして像を帰すように歎願。
三井寺はこれに感嘆し像を帰したという話なのです。
その息子源兵衛の墓がこちらにはあります。なぜ息子が?って感じもしますが・・・。


ちなみに堅田湖族は正式には「堅田衆」と言いますが、その堅田衆の中心となる神社が「伊豆神社」です。

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堅田衆の湖上の権利は下鴨神社との繋がりによるところが大きく、その理由が「御厨」(みくりや)という制度。
要するにここ堅田から琵琶湖の恵みを献上する役割を担うことで、湖上権を保証してもらっていたのです。
今でも伊豆神社から下鴨神社までお供えを届ける祭りがありますよ。

そんな伊豆神社にあるパワースポットが「幸せを呼ぶハート形の石」。

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この石を撫でた人には幸せが訪れるそうです。堅田衆の湖族の力にあやかりたいものですね。


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他にも堅田の街中には時間が止まっているかのようなノスタルジックな風景があちこちに隠れています。
是非そんな堅田の風景を写真に収めてみるのも楽しいですよ。



2017年10月 1日
2017年9月20日
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2017年9月 6日
2017年9月 4日
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  • 特派員プロフィール
  • 滋賀特派員

    滋賀特派員
    FUNAZUSHI-MARU
    近江国 彦根に生まれ京の刷物屋で働き、週末は東海道・中山道の分岐点「草津」を中心にロードバイクで街道を駆け巡っておりやす。昨年は東海道57次(大阪:高麗橋~東京:日本橋)をロードバイクで走破。
    琵琶湖だけじゃない近江の国の知られざる魅力を少しでも多くの方に知っていただければと活動中!
    ブログ:FUNAZUSHIの国から.work DISQUS ID @disqus_IL7NPPr8QW

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