寿司界の風雲児!伝統を大切にしながらも、自由な発想で楽しむ寿司体験、「はし田」

公開日 : 2016年08月01日
最終更新 :

先月マンダリンギャラリーの2階から4階に移転したばかりの寿司はし田。新しくなったお店にお邪魔しました!

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まるで日本の離れにある料亭を訪れているような気分になる長い廊下を抜けた先には、網代の天井など、茶室をイメージして細部にまでこだわった和の空間が広がります。現在7席と15席の2つのプライベートルームで営業中、9月にはもう一つ、14席のプライベートルームが登場する予定です。新しいプライベートルームでは、カウンターをL字型にし、延長線上に対面の席があるような形で、テーブル席で仲間同士話もでき、かつ板前さんとのコミュニケーションもとれる形にするそうです。

そして、さりげなくお店に飾られていたのは京都・祇園のベテラン芸妓さんのもの。

築地市場からほど近い勝どきで、今年で創業49年となる、寿司「はし田」の長男として生まれた橋田建二郎さんは、10代のころから、新幹線で京都に通っては、お座敷に出入りし「芸妓さん達にかわいがってもらった」のだそう。ハリウッドスターのみならず、政財界の大物も出入りする寿司店「はし田」。後継者である橋田さんには、日本の文化や粋を、肌で感じ取ってほしい。それが、父の教育だったのだとか。

華やかな芸の世界を見て感じたのは「どうせ寿司をやるなら、他と違う寿司を出したい。後から思い返して、どこの寿司だったかわからなくなる寿司ではなくて、思い出に残る『体験』として、寿司を楽しんでほしい」。

カウンターはステージ、まるで一幕の演劇を見るように、「伝え手」である橋田さんが、寿司を握るだけでなく、食材や寿司について伝える。それが今描いているスタイルです。

「シンガポールって、遊園地みたいなところだと思うんですよ。それぞれ、中華やマレー、インドなどの小さなセクションに分かれていて、それぞれのアトラクション=レストランに、シェフがいる。世界から集まった、個性のあるシェフたちがしのぎを削っている場所だと感じています」

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素早い包丁さばきで魚を切り、英語のみならず、シングリッシュの単語も駆使しながら、時にはボケ、時には突っ込みをいれながらお客さんを笑わせる。寿司を握りながらも、すべてのグループ、すべての客が楽しんでいるか、目配りを欠かさない。それは、寿司職人として50年近い経験を持つ父の言葉から生まれたもの。「料理は、味がおいしいだけじゃなく、その場の空気や空間も味わってもらうものだ。」若いころから橋田さんにお座敷を経験させたのも、「舞踊などの芸事や会話で、客をもてなすプロである芸妓さんたちから、話術を学び、人をもてなす心を学べ」という、父の教えでもあったのでした。

提供する食材は、100%日本からで、週4回築地から、週2回北海道から空輸されています。

ランチタイムは、通常S$80~250のセットメニュー、夜はお任せでS$350~のはし田ですが、この日は、お勧めの品を織り込んだS$350相当のメニューをいただきました。

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まず、最初に出てきたのは、暑い外から屋内に入ったばかりのゲストをひんやりと迎える一品。大阪から届いた生湯葉。そこに、バフンウニとイクラ、出汁のゼリーをたっぷりと乗せています。とろりとした湯葉の優しいコクとウニの濃厚さがからみ、柚子がほのかに香るイクラのプチっとした食感に、出汁のゼリーが清涼感を加えていました。

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お店オリジナルブランドの、天狗舞の酒と一緒に。この日本酒は、天狗舞の社長にはし田の寿司を食べてもらい、「天狗舞50」という、軽やかな純米大吟醸をベースに、味を話し合ってオリジナルで作ってもらっているものだとか。すっきりとした優しい味わいで、繊細な魚の味を引き立てる日本酒でした。

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一品料理は2週間に1回変わるそうですが、今の季節の鱧とトウモロコシの一皿。丁寧に骨切りされた鱧はふわふわとした食感で、噛むと衣の中で蒸された鱧の香りがふんわりと広がります。葛で固めたトウモロコシの自然な甘味たっぷりのモチモチした豆腐の揚げ出し豆腐。昆布と鰹節の出汁に揚げ出しの油が加わり、サクサクした衣との対比も楽しめます。

はし田の一つのシグネチャーとなりそうな刺身は、その時入った魚によって、盛り付けを変えていて、この日の主役は、真ん中に散らされた特別なオイル。

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まず、ゲストの目の前で鰹節を削り、その粉をプレートに線を描くように引いていきます。削りたての良い香りが漂い、その上に、刺身を一列に盛り付けていきます。まるでモダンなヨーロッパ料理のような、美しい盛り付け。そして、「魚のガルグイユ」と呼びたくなるような、一つ一つが、違う熟成具合、そして下ごしらえをしてあります。

実は真ん中に散らしてあるのは、ビタミンEやカテキンが多い、静岡産のお茶の実油。ナッツのような濃厚な香りがあります。

「これは、椿と同じ仲間の油なので、昔から肌に良いといわれていて、アンチエイジングの効果もあるとされているんですよ」との橋田さんの言葉に、女性ゲストからは「毎日スプーン一杯飲みたいわ」という声も上がっていました。

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お皿の角には、すだちとスモークした海塩、別皿には、刺身醤油に煮切り(酒に鰹節と梅干を入れて作った調味料)を加えて、白身魚の繊細な風味を生かす、すっきりとした組み合わせになっていました。

そして、お刺身は、自家製の海苔の佃煮と合わせていただく、ゴマの香る水だこ、松川カレイ、香ばしく皮目をあぶった金目鯛、滑らかな中トロ。付け合わせも、シンガポールでは珍しいハスイモで面白いアクセントを加えたりと、魚の味を引き出す、でも、塩だけではない面白さがありました。

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もう一つは、季節の鮎を使った一皿。上には生のタデの葉があしらわれています。酸味と舌がしびれるようなピリッとした独特の辛みがあるタデは、タデ酢として鮎には付き物。この時期はすでに大ぶりになっている鮎は、筒切りにしてから骨抜きし、間に鮎の肝と味噌を混ぜたものを加え、さらに湯葉でくるんで天ぷらにしてあります。湯葉でくるんであるので、表面のカリカリとした食感が強調されます。下には、タデを使ったクリーミーなソース。詳細は秘密だそうですが、乳製品でも大豆でもない、緑の香りを生かしたコクのあるソースは、鮎のキュウリのような香りを、強調する役割を果たしていました。添えられているのは、トウモロコシの粒感を生かしたかき揚げ。一粒だけ横に添えられたデラウエア、甘長と呼ばれる万願寺唐辛子と相まって、日本の夏の情景が浮かぶ一皿になっていました。

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盛りだくさんのコースですが、生の食材と揚げた食材、冷たいものと温かいものを交互に出すことで、食べる人を飽きさせない工夫がされています。

こういったまるでヨーロッパ料理のような創作料理は、ゲストシェフとして色々な食のイベントで、フレンチやイタリアンのシェフとコラボレーションする中で学んだ要素もあるのだとか。でも、作る料理には、あくまでも橋田さん流の日本料理。大切にしているのは、「日本料理のテクニックを使い、フレンチやイタリアンで出したら違和感のある皿」であること。そして、出汁を含めて、肉は一切使わないこと。お腹一杯食べてももたれない、そんなお料理です。

ここで、いよいよ握り寿司のスタート。

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最初は鯛。橋田さんの握りは、原型は立て返しと呼ばれる形ですが、握った後、最後に軽く手首をスナップするように数回振るのが特徴。一度ぎゅっと握られたシャリがふわりとほどけ、空気をはらむことで、ふんわりとした食感の握りになるのです。

程よく熟成された鯛は、まろやかでうまみがたっぷり。柔らかく滑らかな食感でした。

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次のカンパチは、脂の乗りがよく、味の濃厚さの反面、コリコリとした食感も楽しめました。

ボタンエビは最後に、石川県の大和醤油の熟成された濃厚な旨味のある醤油を、スプレーでひと吹き。

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刷毛でなくスプレーでかけることで香りが立ち、さらに醤油がつきすぎることなく、素材の味を十分に楽しめるような工夫がされています。このコクのある醤油に負けない、濃厚な甘味があるボタンエビだからこその一品です。

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続いては、カツオ。滑らかな食感と鉄分の奥行に、すっきりとスダチが香ります。

そして、私がとても気に入ったのが、金目鯛!

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しなやかにシャリにまとわりつくように握ってあり、クリームを食べているのかと思ってしまうほどの脂の乗り具合。これが、ほのかに温かく、まろやかな酸味のはし田のシャリと絶妙に合い、言葉通り口の中で溶けていきます。刺身とはまた違う魅力を感じたのでお聞きしたところ、しっかりとした食感がほしい刺身では背中側を、握りではより脂の乗った腹側を提供しているそうです。

最後は、表面を香ばしくあぶったカマスに、ひとつまみの大根おろしを乗せたもの。

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どこか焼き魚を思わせる香ばしい皮の香り、そして生のカマスの滑らかな食感が楽しめるお寿司でした。

ここでいったん、ウニイクラ丼と卵豆腐と鮎のお吸い物が。

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このお吸い物、寿司を食べると最後に出てくる甘い卵焼きを再解釈したようなお椀で、ぎりぎりに控えた塩気に、たっぷりの日本酒を入れたまろやかな出汁。上には香ばしく焼いた鮎と、山椒の葉がのっています。

上品なお出汁で私はとても気に入ったのですが、比較的濃い味のシンガポール料理、このお出汁、塩気が足りないとシンガポールの人に言われませんか?と橋田さんにお聞きすると、特にそんなことはないそう。オープンしてから、むしろ醤油を、塩気がマイルドなタイプに変えたのだとか。

舞台でいうなら、ここで幕間の休憩。一休みしたところで、大御所2カンが登場します。

まずは、生きている石垣貝。

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新鮮な貝ならではの、サクサクとした食感と海の香り、甘味が広がります。握った後でも、動いている生きのよさ。

そして、大トロを薄くそいで、シャリをふんわりと全体的に包んだもの。

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奥にほのかな酸味があり、薄切りで繊細さが増したとろりとした食感と、このクリーミーさがよく合います。

以前、同じ場所でオープンしていたはし田画廊では、マカロンやマーライオン最中などを販売して人気を博していた橋田さん。デザートは、北海道のメロンと、一瞬チョコレート?に見える、チョコレート羊羹。北海道の小豆と沖縄の黒砂糖を使い、ヴァローナの70%カカオで仕上げたという一品。

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チョコレートと小豆、という意外な組み合わせですが、水ようかんのような柔らかい食感に、後からふんわりとチョコレートの華やかな香りが鼻に抜けて、とても上品でおいしい一品に仕上がっていました。

もう一つは、お店手作りの柚餅子。とろけそうに柔らかい食感の柚子の皮の中に、白えんどう豆の餡が入った、軽やかな一品でした。

寿司の伝統、日本の粋にこだわりながらも、あくまでもアプローチは自由な橋田流。和食の技術や食材を生かしつつも、西洋的な構成をしています。将来に関しては、「先入観を持たずに、新しい味の組み合わせにもどんどん挑戦し、自分らしい「表現」としての寿司を提供したい。」と語る橋田さん。

橋田さんがもう一つ大切にしているのは、お店の中にある物語性。「親父が東京の店をオープンする際に、青森の実家にあったヒバの柱を使ってカウンターにした。自分は革新的なことには挑戦していくけれど、気持ちの上では、親父の築いてきたはし田の伝統を受け継ぐ。そんな物語性をこめて、シンガポールでも、カウンターはすべて、ヒバの無垢材にしているのです。」

今年シンガポールに上陸したミシュランでは惜しくも星を逃しましたが、「親父は49年店をやってきたけれど、まだミシュランの星は取っていない。今年は残念ながら星は逃したけれども、これも、お店にとって、いつか良いストーリーになると思っています」

アメリカに留学したこともある橋田さん。伝統を知りつつも、どこか一歩引いた目線で生み出す新しい料理。驚きと楽しさに満ちた体験をしたい、という方にお勧めです!

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■Hashida Sushi Singapore(はし田寿司シンガポール)

営業時間:ランチ 12:00~15:00、ディナー 19:00~22:00(月曜休み)

住所:333A Orchard Road, #04-16 Mandarin Gallery, Singapore 238897

電話:+65 6733 2114

アクセス:MRTサマセット駅徒歩5分

筆者

シンガポール特派員

仲山今日子

趣味は海外秘境旅行、現在約50カ国更新中。

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