「ウズベク人の誇り」弦楽器"ドゥタール"を奏でてみた(後編)
(前回までのあらすじ:タシケントでウズベクの伝統楽器「ドゥタール」教室に通い始め、ウストズ(先生)に厳しく指導されながら、少しずつ曲を覚えていった特派員。3月にタシケント市内で行われる日本映画祭のオープニングセレモニーで、他の受講生とともに前座としてドゥタールを演奏することに。)
日本映画祭は、毎年3月上旬から中旬ごろに、タシケント市内にある映画館「ドムキノ」(Дом Кино:ロシア語で、映画の家、の意)で開催されます。入場は無料で、タシケント市内の映画好きが集まります。特派員は今回を含めて3回参加しましたが、いずれも結構な人が来場しています。今年は3月13日(金曜日)から15日(日曜日)にかけて開催されました。オープニングセレモニーがある13日には、在ウズベキスタン日本大使閣下も来場され、開会のあいさつを述べるとあって、いやがうえにも緊張は高まります。
会場となる「ドムキノ」のKatta Zal(大ホール)は、300人は入るのではないかと思えるほどの大きなスペースです。ドゥタール演奏に備えてすでにステージ上に据え置かれている6脚の椅子を見て、あれに座って演奏すると思うと、おなかがゴロゴロしてきます。
Katta Zalの入り口付近には、日本の文化紹介のブースも設けられていました。
ステージ上でリハを終えた我々演奏者とウストズは、舞台袖の控室に引っこんで出番を待ちます。我々男性陣はドッピ(ウズベク人が被る民族帽)を被り、女性陣はそれに加えウズベク風のドレスを着こみ、髪が長い人はウストズがウズベク風に髪を編み込みます。傍目で見ていると、まるでお嫁に行く娘を着飾るウズベクの母親のようです。
控室の緊張がじりじりと高まってきたころ、在タシケント日本大使館のウズベク人職員のAさんがやってきました。テレビ局が取材に来ているので、一言何かしゃべってくれ、というのです。
「特派員:一言何かって、何を?」
「Aさん:今日の映画についてとか」
「特派員:それ、まだ見てなくて、今日これから上映されるんですよね??」
「Aさん:まあいいから」
そんなこんなで、緊張していたところで、思いもよらず英語・ロシア語・ウズベク語でインタビューに答えることになりました。テレビカメラを見ながら(なぜか「カメラ目線で」と言われました)、ついさっき喋った内容を、次々別の言語で言い直す作業に、精神的にぐったりと疲れてしまいましたが、そのせいか演奏に対する緊張はいくらかほぐれたような気がしました。
(※この時の映像はすぐに電波にのったらしく、この演奏会が終わった後みんなで打ち上げのために寄った酒屋で、酔っぱらったロシア人のおじさんに、「あれ、あんた、つい今しがた、テレビに出てなかった?」と尋ねられました)
オープニングセレモニーが始まりました。我々がいる控室にも、檀上であいさつをする大使閣下の、威厳がありつつも優しい声が聞こえてきます。あいさつが終わり、会場からの拍手が鳴り響きました。そして、司会者からの紹介がされたと同時に、ウストズの、
「ケッティク!(さあ行きましょう!)」
という声にひかれて、我々は一列になってステージ上に進み出ました。
ホールに向かって一礼した後は、なるべく客席は見ずに、一緒に演奏する友人たちと、ウストズを見るようにしました。ここを本番だと思わずに、深夜に気晴らしにドゥタールを弾いている、アパートの一室と同じだと思うようにします。
特派員を含む演奏者5人の視線は、6つの椅子の端に座るウストズに注がれます。ウストズが目で合図して、演奏が始まりました。
一曲目は、ウズベク人ならおそらく誰もが知っているであろう、「ヤッラマ ヨーリン(Yallama Yorim:愛する人よ、幸あれ)」。歌詞付きで、ウズベク語で歌いながら演奏します。曲は3パートに分かれ、最初のパートは男女で、第2パートは男子が主に歌い、第3パートは女子が歌います。
男子パート:
君にリンゴを放る/
愛する人よ、幸あれ
木陰の下に身を横たえる/
愛する人よ、幸あれ
君につらいことがありませんように/
愛する人よ、幸あれ
言葉を投げかけよう/
愛する人よ、幸あれ
(特派員訳)
2曲目は「ドゥターリム(Dutarim:私のドゥタール)」。歌詞こそありませんが、コードチェンジが激しい、難しい曲です。いくつか小さな失敗がありましたが、他の演奏者の演奏にも助けられながら、なんとか最後まで演奏しきりました。
3曲目は、我々が演奏するには難しい曲なので、演奏はウストズだけで、我々は歌だけで参加します。結局歌詞を覚えきれなかった男子は、歌詞カードを見ながら歌いました。ウストズの大好きな歌です。
「Deigo no hana ga saki...」
ウストズが以前、日本人ボランティアに教えてもらったという、「島唄」です。とある日のドゥタール教室で、ウストズがドゥタールを琉球三味線代わりにして演奏し、日本語の歌詞もほぼ完ぺきに歌ったのを見たときは驚いたものでした。まさか今こうして、コンサートの舞台でウストズのドゥタールの伴奏で「島唄」を歌うことになるとは、思いもよりませんでした。
「島唄」が終わり、これで曲目は終了です。客席に頭を下げてあいさつした後、ようやく客席をまともに見ることができました。席の7割くらいが埋まっており、演奏前に見ないでおいてよかったと思いました。
この日の日本映画祭は盛況でした。上映された映画、『ハッピーフライト』も、笑いどころが多いライトな内容で、ウズベキスタンの観客にも好評だったようで、エンドロールでは客席から拍手が沸き起こりました。
日本映画上映終了後、ドゥタールを演奏した我々留学生とJICAボランティアの面々は、ウズベク人やロシア人に取り囲まれ、身動きがとれないほどの記念写真撮影攻め&質問攻めに遭いました。ウストズに何か一言、と思ったのですが、人波の向こうで目が合ったウストズは、深い満足感に満ちた微笑みを我々に返すだけで、足早に会場を後にしていったのでした。
さて、最後に、ドゥタールとその演奏方法について、ごく簡単に説明したいと思います。
ドゥタールはペルシャ語で「2本の弦」を意味するとされ、その名のとおり弦が2本しかありません。指で押さえてメロディーを出すメロディーラインは、基本的に、構えたときに下に来る弦のみです。
コードチェンジは左手で行いますが、それぞれの曲の個性を出すのは、弦を弾く右手の動きです。
例えば「ヤッラマ ヨーリン」の場合、
下:上から下に弦をはじく、
上:下から上に弦をはじく、として、
右手は基本的に
「下下上下上下上下」
の動きを、
下下上下上下上下 下下上下上下上下 下下上下上下上下
というように繰り返し、右手がこのように弦をはじく流れの中で、左手でコードチェンジをしてメロディーを作ります。
ちなみに、「ドゥターリム」の場合、
下上上下上上下 下上上下上上下 下上上下上上下
となり、右手の指使いも「ヤッラマ ヨーリン」とは異なります。
特派員はドゥタールを始めてからまだ半年と少しですが、これまでに5つの曲を覚えました。
この記事を読んで、ドゥタールに興味を持った方は、ぜひウズベキスタンへ!「私は楽器に自信がない」という方も大丈夫!特派員も音楽は一番の苦手科目だったクチですが、ウストズがビシビシ鍛えてくれますよ(笑)
では、Ko'rshamiz! (またお会いしましょう!)
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