魅力炸裂!グラーツ街歩き 2
さて昨日ご紹介したオーストリア第二の都市、"グラーツ探訪レポート 第二弾"です!
昨日のレポートでは【街のシンボル・時計塔】を訪問し、旧市街の王宮へと続く小道をのんびり探索していたところで、燦然と輝くファサードの【皇室御用達ベーカリー:エデッガー・タックス】を見つけたのでした。さてその横で遭遇したものとは・・・
【HofCafe Edegger ホーフカフェ・エデッガー】
隣の皇室御用達ベーカリーと同名のカフェがそこにありました。
オープンテラスでは美味しそうにカイザーシュマレン(オーストリア風パンケーキ)やモア・イン・ヘムド(温かいチョコレートケーキのホットチョコレートソース掛け、ホイップクリーム&バニラソース添え)を頬張っている老夫婦やカップルで賑わっていました。
これはトライせずには帰れない!と、早速テラスに席を見つけて陣取り、私もカイザーシュマレンとカプチーノを注文しました。
ふと横に立てかけられていた看板のメニューを見ると、カイザーシュマレン・プラムソース添え(5.4ユーロ)やモア・イン・ヘムド(3.7ユーロ)以外にもオーストリアを代表するデザートとして、
◆アプフェル・シュトゥルーデル(アップルパイ)若しくは、トップフェン・シュトゥルーデル(レアチーズパイ)のバニラソース添え(3.5ユーロ)
◆ヌス・パラチンケン(ナッツクリーム入りのクレープ)のチョコレートソース&ホイップクリーム添え(3.8ユーロ)
等の品揃えが並んでいました。
(アップフェル・シュトゥルーデルに関しては、「ウィーンといえばカフェ!最もエレガントと称されるカフェ・ラントマン」の記事をご参照ください)
どれも魅力的過ぎて、最初にこのメニューを見てしまっていたら、選ぶのに相当時間が掛ってしまっていたに違いありません。
デザート以外にも、豊富なコーヒーメニューに加え、朝食メニューが3.2ユーロから6.3ユーロの価格で数種類用意されています。(朝食の時間帯は7:00-17:00)
またサマーシーズン限定で、バナナミルク、苺ミルク(各2.9ユーロ)という魅力的なドリンクのオファーもあるとのこと。これは見逃せません!
全体的にお値段もウィーンに比べると随分お手頃で、かなり好印象です。
路地裏でおじいちゃんが演奏していた、時に軽快で、時に哀愁を漂わせるアコーディオンの音色に思わずうっそりと聞き入りながら、これから訪れる春の到来に思いを馳せました。
見るからに美味しそうなこのデザート!自然な甘さで、砕かれたパンケーキに添えられたプラムソースとレーズン、粉パウダーが絶妙に絡まりあって、得も言われぬ美味しさでした。
お味が申し分なく、視覚・味覚・聴覚・嗅覚ともに酔いしれて、大満足でした。
ところで通常このディッシュはポーションが大きく、主食として食べる場合は一人で(オーストリアでは甘いものも主食になります!)、またデザートとして楽しむ場合は2-3人で分けるのが常なのですが、この時は残念ながら、他のクルーと別行動でアグレッシブに観光コースを満喫していた私は一人歩き。胃が悲鳴を上げるほど頑張りましたが、残念ながら完食には一歩及ばず。。。
でも懲りずにまた是非来ようと、固く胸に誓いました。
【マウソレウム(霊廟)、教会、そして壁画】
5分くらい歩いた先に、白い壁の教会が見えて来ました。
ヨーロッパを歩いていると、「犬も歩けば棒に当たる」という勢いで教会に行き当たるので、この何の変哲もなさそうな小さな教会を、看過することにしました。
豪奢なカテドラルは各地でみたし、やはりカトリック総本山ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂に比べたら、これは確実に取るに足りない建造物でしょう、と。
ところがちょっと日が陰って寒くなってきたのと、後は単なる気まぐれとで、教会に続く階段を少し登ってみたところ・・・
左手に何か見える。何だろう???
この壁画は「苦難の絵」と呼ばれるフレスコ画で、1480年にシュタイヤマルクに大打撃を与えた「ペスト、トルコ人襲来、イナゴの大群」の三大災難を表したものだそうです。
好奇心が俄然と頭をもたげたので、ついでに教会内部にもちょっとお邪魔してみることに。
こんなに美しいホールが待っていたとは!!!
写真ではなかなかこの感動をお伝えできなくて残念なのですが、「取るに足りない」と判断した素朴な教会の内部は、この上なく瀟洒で雅やかでした。
洗練されたブラック&ホワイトのタイルが敷き詰められた床はモダンで、所謂ゴテゴテ飾り立てられたカトリック教会とは対照的にミニマリズムさえ感じさせるシンプルな内観。
この教会、ニューヨークにあっても不思議ではありません。
※後ほど調べたところによると、これは教会ではなく、グラーツ出身のハプスブルク皇帝・フェルディナント2世の建てたハプスブルク家のMausoleum(マウゾレウム/霊廟)の一つでした。設計はイタリアの宮廷御用達画家であったジョバンニ・ピエトロ・デ・ポミス、内部装飾はグラーツ出身のウィーン・バロック建築巨匠、フィッシャー・フォン・エルラッハに依るものだそうです。
グラーツでの滞在時間が限られているうえ、オーストリアはどこも閉店・閉館が早いので、流石に時間がもったいないと教会を出たところ、併設された建物の粗末な扉から5-6人の団体様が出てきました。あのボロクサイ建物にも何かお宝が眠っているのでしょうか?
まさか。
その考えを即座に一蹴して、階段を一度は下り始めたものの、やはり気になって鄙びた扉の前まで戻ってしまいました。
そこで、私はまたまた反省する羽目に。
主客転倒とはまさにこのこと、先ほどのシンプルな教会が、恐らく併設だったのですね。
(本当は霊廟だったのですが、この時点でまだ勘違いしています)
調べたところによると、このドームはゴシック様式で、1438年〜1462年の間に建立されたそうです。15世紀といわれてもピンと来ないと思いますので、世界史で見てみましょう。
1467年が応仁の乱ですから、日本はこの時代、戦国時代突入直前の室町幕府の治世だったということになります。また時をほぼ同じくして、1453年にオスマントルコが東ローマ帝国のコンスタンティノポリスを陥落させ、嘗ての大帝国を滅亡に導いています。
そんな物騒なご時世に、グラーツではこんなに綺麗なドームが建てられていたのですね。昨日の冒頭記事でご紹介した、のんびり気分の空港整備技師の勤務態度もこれで納得です。
あ、でもこのドームの南壁には先ほど御紹介した1480年の「三大災難」のフレスコ画が描かれていたのでしたね。やはりグラーツも苦難には見舞われていたようです。グラーツの名誉のために書き添えておきますと。
全く期待していないどころか、むしろ今まで見くびってすらいたグラーツ。
イケているではありませんか!!!
次回以降新しい街を訪問する際には、今少し虚心坦懐に行かなければと内省しました。
もう私のテンションは滞在中上がりっぱなしです。
仕事で嫌々来たのに、こんなにエンジョイしてしまって果たして良いのでしょうか?
何やら罪悪感すら覚えつつ、更に探訪を続けたのでした。(つづく)
Mausoleum(霊廟)
住所: Burggasse 2(ブルク通り2番)
時間: 毎日 10:30-12:30
13:30-16:00
料金: 無料
筆者
オーストリア特派員
ライジンガー真樹
オーストリアっておもしろそうな国だな、ウィーンって見どころのある街だな、と読者の皆さまに思っていただけるような記事を配信していければと思います!
【記載内容について】
「地球の歩き方」ホームページに掲載されている情報は、ご利用の際の状況に適しているか、すべて利用者ご自身の責任で判断していただいたうえでご活用ください。
掲載情報は、できるだけ最新で正確なものを掲載するように努めています。しかし、取材後・掲載後に現地の規則や手続きなど各種情報が変更されることがあります。また解釈に見解の相違が生じることもあります。
本ホームページを利用して生じた損失や不都合などについて、弊社は一切責任を負わないものとします。
※情報修正・更新依頼はこちら
【リンク先の情報について】
「地球の歩き方」ホームページから他のウェブサイトなどへリンクをしている場合があります。
リンク先のコンテンツ情報は弊社が運営管理しているものではありません。
ご利用の際は、すべて利用者ご自身の責任で判断したうえでご活用ください。
弊社では情報の信頼性、その利用によって生じた損失や不都合などについて、一切責任を負わないものとします。