ジュネーブ エスカラード祭 Fête de l'escarade Genève
今日は隣の国スイスのお祭についてです。ジュネーブGenève市はスイス国の南西部にありフランスとの国境に位置しています。主要言語もフランス語で、食べ物、生活習慣などは隣接するフランスのサヴォア地方とかなり共通しています。
そのジュネーブでも年内で一番市内が盛り上がるとされているお祭がエスカラード祭Fête de l'escarade。お祭の起源は17世紀初頭のサヴォア公国との領土争いに遡ります。
14世紀から西はレマン湖周辺から東はアルプス山脈トリノ(Turin)までの一帯を支配下においていたサヴォア公国(Duch de Savoie 現在の県名・地方名の由来)のシャル・エルマーニュ1世(Charles-Emmanuel 1er)は、1602年12月12日の夜、ジュネーブの奪還とカソリックの復活を狙い、奇襲作戦を行いました。反宗教改革の立場をとっていたサヴォア家にとって、ジュネーブは1535年からカソリックが禁じられていたことに加え、同じく16世紀半ばの約20年に及ぶサヴォア領のフランス支配下でジュネーブの政治的独立を認めざるを得なかったことなどから、ジュネーブの地はサヴォア家の悲願の地でもあったのです。
ところがこのエスカラードと呼ばれた梯子を使って城内に忍び込むという奇襲作戦は、見事な失敗に終わりました。城壁を登ってくるサヴォア兵達を見つけた婦人は、大鍋一杯に煮えたぎっていたスープを、梯子を上ってくるサヴォア兵達の頭に鍋ごとぶちまけました。これを見たジュネーブ市民は一気に士気が上がり、逆にサヴォア兵達は這う這うの体で退散したとのことです。翌年にはサン・ジュリアン協定traité de St.Julienの下、サヴォア家はジュネーブの独立を正式に承認しました。
毎年12月の11−12日に近い週末にジュネーブ市内で行われるこのエスカラード祭、今年は先週末に行われました。市民たちが当時の服装で町を練り歩き、スープの大鍋を模したチョコレートの鍋でジュネーブの勝利を祝います。
クリスマス頃まではジュネーブ市内でチョコレートのお鍋が飾ってあるのをよく見かけます。これはエスカラード祭から来るものです。
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〈参考資料〉
"Haute-Savoie" Encyclopédies du Voyage (Gallimard)
他にも
http://www.swissinfo.ch/jpn/index.html?cid=3673562
http://homepage3.nifty.com/prof_m/ch/festivals/escalade.htm
などを参考にさせていただきました。
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