イロド・アティコス音楽堂で能楽鑑賞

公開日 : 2010年06月20日
最終更新 :

 経済危機でもアテネ・エピダヴロスフェスティバル(グリークフェスティバル、音楽や演劇の芸術祭典)はことしの夏も開催されています。遺跡の劇場、イロド・アティコス音楽堂で観世流シテ方能楽師・梅若六郎56世(2世梅若玄祥)率いる能舞台を鑑賞しました。

 毎年、幾つかの演目には足を運んでいますが、ことしはあまりの忙しさにすっかりフェスティバルのことを忘れていました。そんな中、ロンドンの知人がこの舞台のオランダ公演を観て、すごくよかったと薦めてくれたので、急遽、観に行くことにしたのですが、期待以上に素晴らしい舞台でした。

 この当代梅若六郎氏の父上も1965年にイロド・アティコス音楽堂で演じたことがあるそうです。 

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 アクロポリスの丘にあるイロド・アティコス音楽堂は見事な遺跡でありながら、いまもコンサートが開催される素晴らしい野外劇場です。161年建立、当時の大富豪イロド・アティコスが亡き妻の思い出にと、アテネにまるごと寄贈したという逸話があります。約 5000人以上収容の巨大な施設で、何度か修復はしているとはいえ、立派に機能し、いまを生きる私たちが観劇を楽しめるというのは素晴らしいことだと思います。

 本当に美しい遺跡で、それ自体がまるで舞台装置かのような錯覚を覚えます。同じ観劇でも普通の屋内劇場で見るより、舞台の芸術度が高まる気がします。2年前にオペラを観に行って以来でしたが、何度訪れても特別な感慨をおぼえる劇場です。

 ロンドンの知人曰く、当初は3公演ほど行われる予定だったけれど、観客が集まらないことを危惧した主催者が1回にとどめたと聞いていたので、空いているのかなと思って出かけたら、1時間前に到着したのに、劇場の外には既に多くの人が詰め掛けていました。

 最近のアテネはとても暑い日が続いていて、夜になってもかなり蒸し暑かったですが、劇場には続々と観客が入ってきて、かなり上の方の席まで埋め尽くされていました。

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 いよいよ開幕。前から5列目というなかなかいい席。能は日本でけっこう鑑賞しましたが、演目によってはとても静的なので、欧米人に理解できるのかな、どんな反応なのかなとちょっと心配(?)でしたが、そこはやはり考えられたプログラムで、狂言は「三番三」。笛・小鼓・大鼓、独特の鈴の音、力強い掛け声に合わせ、勇壮な舞が繰り広げられました。五穀豊穣を祈願する舞なのだそうです。

 能は「大般若」。西遊記でもおなじみの三蔵法師が大般若経を求めて天竺を目指す旅にて、ある老人と出会います。この老人は三蔵法師の前途が困難な道のりであると言い、さらに三蔵法師が前世で7回(9回という説もあり)もこの地で命を落としていたことを告げます。しかしこの老人こそ三蔵の命を奪っていた深沙大王(沙悟浄という説、はたまた仏教守護神?という説もあり)で、今回こそは大般若経を与えると約束するというストーリー。

 当代梅若六郎氏は現代を代表するシテ方の一人として知られ、数多くの賞を受賞し、新作能に意欲的に取り組んでいる方だそう。なので今回の舞台も大スペクタクル(?)と言っていいような動きのあるものでした。

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 本当に暑い夜で、最初の頃はパンフレットなどでパタパタと仰いでいるギリシャ人の観客も多くいたのですが、次第に彼らも能舞台の世界に惹き込まれて、仰ぐのも忘れて集中しているのがわかりました。

 演じた方々のまとった衣装はとても美しくて見事なもの。でもかなり重いと思われる衣を着て激しい動きをしつつ、汗を全くかいている様子がないのはさすがだと思いました。

 最近忙しいし、毎日ストライキだしと、なんだか心が殺伐としていたのですが、この夜、遺跡の劇場で繰り広げられた非日常の世界にどっぷりとつかることができ、なんだか精神的に豊かになることができました。日本の能楽堂で観た時より感慨を覚えたくらい。それは西洋文化のゆりかごと言われる地の遺跡の中で、日本というギリシャから遥かなる地の伝統芸能によって、昔々の物語が蘇るというある種の奇跡を感じることができたからでしょう。1983年に梅若家によって上演されるまで550年間、演じられることがなかった演目だそうです。

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 終わった瞬間、惜しみない拍手が送られ、ブラヴォーの声があちこちであがり、スタンディングオベーションをしているギリシャ人も多くいました。言葉がわからなくても、文化が全く違っていても伝わるものがあるのだということがわかりました。多くのギリシャ人が日本の伝統芸能に興味を持ち、劇場に詰めかけ、しっかりと鑑賞していたことにも嬉しくなった一夜でした。

 ★2010年のアテネ・エピダヴロスフェスティバルのサイトへはこちらから

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