ユネスコの無形文化遺産,情熱のタンゴ!
▲無形文化遺産・タンゴ。写真/wikipedia/tango
ユネスコの無形文化遺産に登録された(2009/09/30)
ウルグアイとアルゼンチンの伝統舞踊・タンゴ。
アルゼンチンと聞いて、哀愁あるバンドネオンの音に合わせ
男女が頬を寄せ合い踊る、この情熱の踊りを思い浮かべる人は多いことでしょう。
タンゴの街ブエノスアイレスでは、
毎年8月に世界タンゴフェスティバルと選手権が行われ
世界中からタンゴファンが集います。
そのイベントの詳細については、また後日アップすることにして、
今日は、タンゴの特徴や歴史などについて、ちょっと触れることにしましょう。
タンゴ音楽に欠かせない楽器、それはやっぱりバンドネオンです。
アコーディオンに似ているけれど、鍵盤型ではなくボタン型。
音階配置がほぼ不規則であることから習得が非常に難しく、
” 悪魔が発明した楽器 "
とも呼ばれていることは、過去の記事にも書いたことがあります。
☆過去記事「悪魔が発明した楽器」
ラ・プラタ川沿いの港町(ブエノスアイレスやモンテビデオ)で、
タンゴは生まれました。ブエノスアイレスの港町と言えば、
カラフルな色で塗り分けられた家々で有名なボカ地区です。
ここには、富を手に入れる夢を持ってやってきた移民たちが
苦しい生活を送りながらもたくましく生きていました。
彼らのようなヨーロッパからの移民、アフリカ系奴隷の子孫、
そして地元生まれのクリオージョたちの音楽が混じり合い、
タンゴが生まれたのです。
最初の頃は、場末のバルで男同士で踊られていたというタンゴ。
次第に、娼婦たちを相手に踊るようになり、
これが一般にタンゴとして広まったため
当時の上・中流階級の人々からは、下品な音楽だと敬遠されました。
そのタンゴが、芸能として初めて認められたのは、
アルゼンチンではなく、アメリカやヨーロッパでした。
1910年頃、パリでタンゴが大流行してから、
アルゼンチンでもようやく、タンゴの芸術的価値が認められるようになったのです。
そして次第に、下層階層の人ばかりでなく
広くアルゼンチン人たちに受け入れられていったタンゴ。
ブエノスアイレスには、
男女がタンゴを楽しむためのミロンガ(ダンスホール)が
いくつもオープンしました。
☆過去記事「ミロンガのマナーとルールって?」
私も、月に何度かミロンガに行って踊っていますが、
ミロンガで繰り広げられる、男女の暗黙の "駆け引き” が
すごく淑女・紳士的でスマートだなぁ、といつもウットリしてしまいます。
(実は...この土曜日の夜も、ミロンガで夜通しタンゴ三昧の予定!
後日レポートしますね ^_^)
時々、日本からやってきた観光客の方に、
「アルゼンチン人なら、みんなタンゴを踊れるのですか」
と質問されますが、もちろんそんなことはありません。
(日本人なら誰でも日本舞踊を踊れるかというと、
そうではありませんよね)
アルゼンチンのもう一つの音楽、フォルクローレは
学校で習ったりもするので踊れる人は多いと聞きますが、
タンゴはお年寄りが好む "ダサイ音楽”だと考えている
若い人たちって意外に多いのです。
タンゴの魅力が分からないなんて、まだまだ青いわ(笑)。
アルゼンチンにお越しの際は、
ぜひ一度タンゴのクラスを受けてみて下さい。
あなたもきっと、タンゴの魅力にハマってしまうはず♪
☆「南米のパリ」ブエノスアイレスで暮らす私の日常、時々、ビーグル。
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