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イタリア/ジェノバ特派員ブログ 浅井まき

イタリア・ジェノバ特派員が現地からヨーロッパ地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


秋の行楽シーズンとなり、今の時期過ごしやすいヨーロッパへ旅行される方も多いのではないでしょうか。どこの都市に行っても主要なモニュメントや街歩きを楽しむのが定番ですが、メインストリートを外れた狭い路地裏というと、静かで暗く、治安が悪いなど、あまりいいイメージはないかもしれません。
ジェノバを訪れるのであれば、誰でも「新通り」と呼ばれる世界遺産のガリバルディ通りなどの名所は必ず通るはずですが、その一歩後ろの路地へは立ち寄らない方がほとんどのようです。しかし、これら「新通り」は道そのものが整備された16~18世紀当初から、「外国の賓客を接待する」ためにつくられた、いわばジェノバの”外面”です。ジェノバの真の姿は一歩踏み込んだ路地裏にあると言っても過言ではないでしょう。
ただ、やはり、狭くて暗い路地は少し怖いですよね。ジェノバはイタリアの大都市にしては治安のいい街ですが、場所によっては少々不安です。そこで、本記事では観光客でも安心して探訪できるジェノバの路地裏スポットの一部をご紹介します。

ジェノバの旧”メインストリート”は道幅2m!?

Pic.21-1.JPG (バンキ広場。奥へ続く通りがサン・ルーカ通り)


ジェノバの旧港からサン・ジョルジョ宮の横を通ったところにあるバンキ広場。”広場”と呼ぶには少々狭い気もしますが、ここはジェノバ共和国(~1797年)時代、商取引や金融業が行われていた市の経済の中枢でした。よって、この近くの地域というと、古くから有力貴族やブルジョワたちが密集していたエリアでした。
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(昼間のサン・ルーカ通りはかなり往来が激しい)


16世紀に新興勢力が台頭してくると、この広場を境に旧勢力と新勢力が別々の路地に”ナワバリ”をつくりにらみ合いをする様相を呈してきました。このバンキ広場から海岸線と併行に伸びるサン・ルーカ通り(Via San Luca)はスピノラ家を筆頭に旧勢力が闊歩していた通りです。
サン・ルーカ通り沿いには小さな商店や飲食店などがずらりと並び、道幅2mほどの狭い路地にもかかわらず、昼間はかなり人通りが多いです。通りの中ほどにあるサン・ルーカ教会は小さいながらも見事な内装で一見の価値ありです。





路地裏に隠れたサンタ・マリア・デッレ・ヴィニェ教会

今度はバンキ広場から海と反対側へ続く通りを上っていきます。
ここはサン・ルーカ通りよりも道幅が広く、創業200年を超える老舗の菓子店からTezenisやKiko Milanoといったイタリアではおなじみのショップまでさまざまな店が並んでいます。
賑やかな通りから案内表示の出ている一画をほんの少し路地に入ったところに、静かにたたずむ教会がサンタ・マリア・デッレ・ヴィニェ教会(Basilica di Santa Maria delle Vigne)です。
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(サンタ・マリア・デッレ・ヴィニェ教会の内部)


小さな広場から中へ入ると、バロック様式の見事な装飾に圧倒されます。この教会自体は12世紀には存在していたものですが、17世紀に新興貴族ドゥラッツォ家出身の枢機卿により提唱され、この周辺の貴族らの出資によって完成された内装はその財力を象徴するかのように豪華絢爛です。





なぜこんなに狭い路地だらけなのか…

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(スピノラ宮国立美術館の近く、ポスタ・ヴェッキア通り)


旧市街の中心部には道幅が殆ど2mもないような路地が網の目のように入り組んでいます。なぜこんなに所狭しと住宅が建っているのかというと、その所以は中世にまでさかのぼります。
当時市内で力を持っていたのは商業などを営んでいた私人たちであり、彼らは互いに激しく対立していました。やがてより大規模な事業を行うためにグループを構成するようになり、「アルベルゴ」と名乗る組織を形成します。このアルベルゴの構成員たちは市内各地にそれぞれ”ナワバリ”を作って集住していました。城壁に守られた狭いエリアにこうしたナワバリがいくつもひしめき合った結果、複雑で入り組んだ都市構造となったのです。
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(カステッロ地区に建つエンブリアチ塔)


ジェノバはヨーロッパの中でも特に市内での抗争が激しかった都市で、中世にはナワバリの周囲を監視するための塔が多数建っていたようです。こうした塔のうち現在も残っているのはエンブリアチ塔(Torre Embriaci)のみです(これだけ狭い路地ばかりだと、屋根しか見えないんじゃないか…と突っ込みたくもなります)。
とくに中世後期頃には、近くの家と家の間を移動するために道に降りるのも危険ということで、ナワバリ内の建物間をつなぐ渡り廊下があったそう。それでも、これだけ狭い道なので、向かいの家同士で窓から槍でつつきあうこともあったと言われています。


2018年9月16日

ペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)といえば、美術に関心のある方なら誰でもご存知の、またはそうでなくとも名前くらいは耳にしたことのあるバロック美術の巨匠ですよね。2018年秋には東京で近年では最大規模の展覧会が開催されることからも、今とても注目すべき画家であろうと思います。
一方で、このルーベンスがイタリア滞在中に古典・ルネサンス美術を学び、外交官としても活動するなかで何度もジェノバに滞在していたことはあまり知られていないのではないでしょうか。今回の記事では、ルーベンスとジェノバの関係、そしてジェノバで見るべきルーベンス作品をご紹介します。
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(ルーベンス作品を2点所蔵するジェズ教会)


ルーベンスとイタリア

ルーベンスはネーデルラントの名家に生まれ、アントウェルペンで高い教育を受ける一方で画家としても才覚を顕します。1600年にイタリアへ赴き、マントヴァ公に仕えると、ヴェネツィア派の絵画技法やローマの古典美術、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロのセンスを吸収しつつ、教養や語学力を活かして外交官としても活躍するようになります。その後1608年までローマやマントヴァを中心にイタリア各地を転々としますが、本人の希望とは裏腹に以降イタリアの地へ戻ってくることはありませんでした。





ジェノバでのルーベンス

1603年にマントヴァ公の使者としてスペインを訪れた帰り際にジェノバを訪れたのが最初の縁になりました。その後、1605年、1606年、1607年とくり返しジェノバに滞在しています。
ジェノバで最初に出会ったのが、ジェノバ貴族でスペイン王室に仕える軍人のアンブロジオ・スピノラでした。当時30代前半であったスピノラは非常に優れた人格者として知られ、スペインの宮廷でもたちまち人望を集めてしまうような人物でした。ルーベンスともすぐに親しくなり、スペインやローマとの外交使節として雇ったほか、妻のブリジダの肖像画を依頼し、また当時のジェノバの有力者たちにも彼を紹介しました。
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(アンブロジオ・スピノラ:アムステルダム国立美術館所蔵、Michiel Janszoon van Mierevelt画、1609年。パブリックドメイン<ウィキメディア・コモンズより引用>)


ジェノバでの滞在はルーベンスにとっても意義あるものになりました。金融業で繁栄し莫大な富を誇っていた当時のジェノバの有力者たちは、目を見張るような壮麗さとバロック時代の新たなセンスを取り入れた邸宅を建設し、その内装を満たすべくローマやフランドル地方の流行美術をはじめ様々な美術品を購入するのに熱心でした。ルーベンスにも彼らの家族の肖像画を中心に次々大きな仕事が舞い込んできます。
フランドルで培った素養にヴェネツィア派のティツィアーノらに倣った色彩や質感描写を加えた作風は目新しく、ルーベンスの残した作品はその後のジェノバの画家たちに与えた影響も大きなものとなりました。
絵画の仕事をこなす傍ら、ルーベンスはジェノバの洗練された「ロッリ」の邸宅群をスケッチしました。1622年にはこれらを画集としてまとめ、”Palazzi di Genova”として出版しています。





ルーベンスの足跡をたどって、ジェノバの街歩き

今もジェノバに残っているルーベンス作品のなかでも、特に重要なものを巡るならば、やはり「ロッリ」の邸宅が立ち並ぶガリバルディ通りから出発するのが良いでしょう。
ガリバルディ通りの邸宅群はPalazzi di Genovaに描かれた当時の姿を残しています。現在博物館となっている白の宮殿(Palazzo Bianco)にはルーベンス作「ヴィーナスとマルス」が展示されています。この作品は中央に描かれた男性がドイツ人傭兵の格好をしているため「ドイツ人傭兵と恋人」と呼ばれていましたが、近年の研究により神話を題材としていることが確認されたものです。
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(ガリバルディ通り。写真奥の建物が「白の宮殿」。赤の宮殿、トゥルシ宮殿と共通入場券となっている)


ガリバルディ通りから狭い路地へ入って、次に向かうのはスピノラ宮国立美術館(Galleria Nazionale di Palazzo Spinola)。ここで出会えるルーベンス作品は「ジョヴァンニ・カルロ・ドーリアの騎馬肖像」。1606年のジェノバ滞在中、この直前にドーリアがスペイン王フェリペ3世からサンティアゴ騎士団に叙任されたことを祝うべく依頼されたものです。第2次大戦中にヒトラーの手元にあったことも注目すべき点でしょう。
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(ジョヴァンニ・カルロ・ドーリアの騎馬肖像。スピノラ宮国立美術館)


最後に、ジェノバの中心部デ・フェラーリ広場を聖ロレンツォ大聖堂の方へ抜けるところにそびえるジェズ教会(Chiesa del Gesù e dei Santi Ambrogio e Andrea)に向かいます。豪華で荘厳な内装が窓からの光を受けて金色に輝いて見えるとても美しい教会です。この教会の主祭壇画「キリスト割礼」はルーベンスが1604年に手掛けたもので、ヴェネツィア派の強い影響がうかがえる作品です。
ここにはルーベンス作品がもう一点あります。入り口側から向かって左側の祭壇に掲げられた「聖イグナシオの奇跡」は有力貴族のパッラヴィチーニ家の依頼により1619-20年に完成し、ジェノバに送られたものです。赤い祭司服を身に着けた聖イグナシオ(イエズス会の創始者のひとり、イグナシオ・デ・ロヨラ)が民衆に説教をする様子を描いています。
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(ジェズ教会外観)

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(ルーベンスの2作品)





2018年9月 9日

いよいよ9月となりました。こちらでは先週からかなり気温が下がり、肌寒いほどになっています。通常もう少し気温が高い時期が続くのですが、悪天候のせいかもしれません。
とはいえ、海辺に行けばまだまだ夏らしい陽射しが見られます。今回はそんなリグーリアの海辺の町の中から、セレブも集う風光明媚なリゾート地、ポルトフィーノをご紹介します。
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優雅で静かな入江の町

ポルトフィーノは人口400人強、面積2.53㎢とジェノバ”都市圏”(※2015年より「県(Provincia)」に代わる。日本でいうところの政令指定都市のようなもの)に属するうちで最も小さな町です。名前の由来はporto(港)/fino(上質の)かと思いきや、実際はその生息数の多さからローマ時代に「イルカの港(Portus Delphini)」と呼ばれていたのが縮まったものと言われています。 Pic.19-2.JPG

(Piazzetta)


港を囲う様に張り出した高い岩壁の岬に守られた湾内は波も穏やかでとても静か。”Piazzetta”と呼ばれる港の広場周辺にはカラフルで可愛らしい建物が立ち並んでいます。街の人口は少ないですが、イタリア国内外のセレブ達がこぞってこの街に別荘を構えています。





高台からの景色は絶景!

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(ブラウン城)


この街の絶景ポイントはやはり高台の岬の頂上にそびえるブラウン城(Castello Brown)。この城は15世紀には存在が確認されていますが、度々の攻防を経て修繕や増改築が繰り返されました。というのも、この町の全体だけでなく、周辺のティグリオ湾一帯を見渡せる戦略的に大変重要な場所に建っているためです。元々ブルジョワ階級の指導者フレゴーゾ家のものでしたが、16世紀以降はジェノバ共和国(~1797年)が存在する限り共和国の所有物となります。その後19世紀にイギリスの在ジェノバ領事ブラウンが購入したため、ブラウン城と呼ばれるようになりました。現在ではポルトフィーノの公有となっています。
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(ブラウン城テラスより。天気が良ければ…最高!!)


内部は古い家具やタイル装飾などが一部残っていますがとても質素な造りです。ただし見どころはテラスからの景色。緩やかにカーブを描く海岸線に張り付くように建つカラフルなポルトフィーノの町がとてもフォトジェニックです。

●ブラウン城
開館時間:3/15~3/31…10~17時
     4/1~5/31、9/1~10/31…10~18時
     6/1~8/31…10~19時
     11/1~3/14…10~17時(※土日のみ、ただし11/1、12/8、12/26は営業あり)
料金:€5.00

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(吸い込まれそうな断崖絶壁)
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(岬の中腹に建つサン・ジョルジョ教会)





ポルトフィーノへのアクセス

ジェノバ方面からポルトフィーノへ向かうには、まず普通電車(Regionale)に乗り、サンタ・マルゲリータ・リーグレ(Santa Margherita Ligure/Portofino)まで向かいます。サンタ・マルゲリータの駅からはバスまたは船、そして徒歩でポルトフィーノへ行くことができます。

●バス
タバコ屋、バールなどでチケットを購入の上駅前始発のバス82番に乗り約20分
料金:片道のみ(打刻より75分有効)€3.00、往復(打刻より各75分有効)€5.00。(バス車内で購入するとそれぞれ+€1.00)
時刻表
●船
駅から海岸にある船着き場まで徒歩約5分。ラパッロ発の1番ラインに乗船し、約15分。9~17時サンタ・マルゲリータを毎時15分発。復路は11~19時ポルトフィーノを毎時ちょうど発。金・土曜は夜の運航もあり。(※2018年9月現在)
料金:片道€7.00、往復€12.00
Webサイト
●徒歩
サンタ・マルゲリータ駅より海岸へ下り、そのまま海岸沿いを西方向へ歩いて約1時間半。道中にも絶景ポイントが多数あるので時間と体力に余裕があればぜひお薦めです。
料金:0


2018年9月 3日
2018年8月26日
2018年8月19日
2018年8月13日
2018年8月 3日
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  • 特派員プロフィール
  • ジェノバ特派員

    ジェノバ特派員
    浅井まき
    大学卒業後、社会人を経て2015年渡伊。イタリア北部リグーリア州の港町ジェノヴァに住み始めてはや3年目。現在はジェノヴァ大学の大学院史学研究科に在籍。日本と大きく異なるイタリアでの大学院生生活に四苦八苦しつつ、17~18世紀のジェノヴァ共和国に関する研究を行っている。自分の専門以外にも西洋史全般、美術、現代音楽、グルメ、スポーツなどへの関心大。晴れた休日には近郊へ写真撮影に行くのが楽しみ。 DISQUS ID '@disqus_n3hiU5o4o9

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