フランスのリヨンを離れて、モワサックのロマネスク建築で心を癒す

公開日 : 2020年04月05日
最終更新 :

【フランス リヨン便り n°15】

フランスはイースターのバカンスに入りますが、外出制限は解除されることなく、自宅待機を余儀なくされています。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)COVID-19は依然としてヨーロッパに蔓延し、2020年04月04日14時現在で、フランスの感染者数は前日より4267人増の6万8605人となり、入院患者数は延べ4万9684人、退院者数1万5438人、重篤者数6838人、死亡者数7560人が確認されています。世界全体では、2019年12月31日以降の感染者数は延べ108万2054人(ヨーロッパ全体では51万7443人)、犠牲者数は5万8142人(ヨーロッパ全体では4万903人)にのぼります。

4月2日のニュース番組で、フランスのフィリップ首相が遠隔出演していましたが、4月15日以降も外出制限が延長される可能性や、外出制限の解除については、地域や年齢を考慮して段階的に行われることを示唆しました。ワクチンや治療薬の開発を期待し、ウイルスの終息を心より願う毎日です。

物理的移動は制限されていますが、想像的移動は無限です。もし、旅にでかけるとしたらという「想像の翼」を広げて空を駆け巡ることができます。人間は無尽蔵の「想像力」を持っています。

フランスのリヨンからかなり離れますが、「モワサック(Moissac)」という小さな町をご存知でしょうか。フランス南西部のオクシタニー地域圏に位置するタルヌ・エ・ガロンヌ県にある人口およそ1万2000人の町です。トゥールーズ・ブラニャック空港から車で高速道路A62号線を走り、およそ1時間ほどの北上したところにあります。

モワサックは、フランス最古にして最大規模の美しい回廊とロマネスク彫刻の傑作として称されるタンパンをもつサン・ピエール修道院教会(Abbaye Saint Pierre de Moissac)で知られています。

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モワサック修道院教会は、メロヴィング朝フランク王国の初代国王クローヴィスにより創設されたという言い伝えがあります。クローヴィスといえば、ゲルマン民族諸王のなかではじめてカトリックに改宗した王で、507年に西ゴート(現在のフランス南部からイベリア半島にあたる地域を支配していたゲルマン民族系王国)の王アルリック2世との戦(ヴイエの戦い)に勝利し、西ゴート王国の首都トゥールーズまで進軍してアキテーヌの大部分を獲得、フランク王国の領土を北海からピレネー山脈まで拡張した凄腕の王です。

伝承によれば、クローヴィスが西ゴートとの闘いに勝利したあかつきには、戦で犠牲になった兵士のために修道院「1000人の修道士のための修道院(abbaye aux mille moines)」を建立することを誓い、クローヴィスが丘の高台から槍を投げ、その槍が刺さった場所に修道院を設立し、後にモワサックになったという説です。

歴史的には、モワサックの修道院教会は7世紀半ばにカオールの司教サン・ディディエによって創設されました。

モワサックはトゥールーズとボルドーを結ぶ主要な街道沿いにあり、また、ガロンヌ川とタルヌ川が合流する地点でもあることから、陸運ならびに水運の重要な拠点とされ、時代を通じて侵略と略奪が繰り返されました。1031年には修道院の屋根が崩落するほど荒廃したといいますから凄まじい領土争いが繰り広げられたことがうかがえます。

修道院は1047年にクリュニー会に入会し、11世紀から12世紀にかけて黄金期を迎えます。この時代にロマネスク様式で数多くの建設工事が行われました。

クリュニー会とはフランスのブルゴーニュ地方のクリュニーに909年に創設されたベネディクト会系の修道院を頂点とした修道会です。クリュニー改革とよばれる修道会改革運動を展開し、最盛期には1万200の修道院を管轄下におき、2万人の修道僧を数えるほど勢力を広げました。

現在のロマネスク教会堂は、クリュニー系の初代修道院長でトゥールーズ司教だったデュラン・ブルドンにより建設され、その後の12世紀に正面にあたる西ファサードと鐘楼がつけ加えられています。

クリュニー会の後ろ盾を得て、修道院はフランス南西部の有力修道院として権威を高めていきますが、1212年のアルビジョワ十字軍の際に修道院は略奪され、さらに14世紀、百年戦争の折にも大きな被害を受けます。

15世紀に入って修道院教会堂の再建工事が実施され、12世紀末のロマネスク様式の下部構造を残しつつ、上部はゴシック様式で再建されました。外観を見れば一目でその違いが分かります。ロマネスク部分は石で造られ、ゴシック部分はレンガで造られています! 建設費用の問題で、石よりもレンガが安価であったことが理由のようです。

その後、フランス革命で修道院は廃止され、教会堂と回廊は再び略奪の被害に遭い、19世紀半ば、パリのノートルダム大聖堂を修復した建築家ヴィオレ・ル・デュク(Eugène Viollet-le-Duc)により教会堂が修復され、現在の姿となりました。

略奪の歴史が繰り返されてきたモワサックのサンピエール修道院教会ですが、ロマネスク芸術の傑作とされるタンパン彫刻と回廊の柱頭彫刻は当時の姿で保存されており、1998年に「フランスのサンティアゴでコンポステーラの巡礼路」(ル・ピュイの道/ポディエンシス街道)に位置する教会堂としてユネスコ世界遺産に登録されました。

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「モワサックの入口を見なかった者は、何も見なかったことに等しい」といわれるほど、モワサック修道院教会の入口を構成するタンパンやリンテル、中央柱は豊かな彫刻装飾が施され、ロマネスク芸術の傑作として世界に名を広めています。

タンパンは、ヨハネの黙示録の最後の審判の「キリストの再臨」を表現しています。写真からは分かりづらいですが、王座についたキリストが右手をあげて祝福をほどこし、左手を膝上の福音書の上に置いています。キリストはテトラモルフ(四福音書記者のシンボル:キリストからみて左上のヨハネを表わす鷲、右下のルカを表わす雄牛、右上のマタイを表わす天使、右下のマルコを表わす獅子)とふたりの天使に囲まれています。その周りを金の冠をかぶったヨハネの黙示録に登場する24人の長老たちが三層に配されています。異なるポーズをとりながら、全員がキリストに視線を向けています。

入口扉を左右を分ける中央柱には預言者エレミア、聖パウロが表情豊かに彫られています。

特に、東面に彫られた預言者エレミヤの物憂げな表情、波打つ顎鬚の曲線美、引き伸ばされた細長い身体とそのねじり加減、衣服のドレーブの繊細な動きなど、リテールの表現力がすばらしく、ロマネスク彫刻のなかでも卓越した作品のひとつとされています。

扉右側には「善人」、左側には「罪人」をテーマにさまざまなレリーフが施されています。古代ローマの黄金比とはほど遠く、デフォルメされた人物像やアニメチックな表現がとても魅力的です。まさにロマネスク彫刻の美術館です!

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ナルテックス(前室)を通って、教会堂本体の身廊へ入ります。身廊は15世紀に上部が拡張され、リブ・ヴォールト天井と尖塔アーチ窓が配され、ゴシック様式で整えられています。壁一面に黄色地に赤い花模様が施され、温かみのある雰囲気を漂わせています。身廊の左右には、「キリスト埋葬」「聖家族のエジプト逃避」「嘆きの聖母(ピエタ)」など、15世紀の彫刻作品で飾られています。

写真がボケてしまい掲載できないのが残念ですが、オルガンの下にピレネーの白大理石で制作された石棺があります。石棺の中央にクリズム(キリストのモノグラム)が彫られ、キリストの綴りの最初の文字であるX(CH)とR、初めと終わりを連想させるアルファとオメガを表わしています。当時、高熱や頭痛に苦しむ人々が病からの回復を願って、この石棺の下に座ったそうです。

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修道院教会の北側に位置する回廊は木造天井で覆われた4つのギャラリーで構成されています。縦31m、横21mという大きさを誇り、フランスで最大かつ最古のロマネスク回廊です。

ギャラリーの中庭側にはレンガ造りの尖塔型アーケードが並び、小円柱またはピラーで繋がっています。大理石の小円柱は116本を数え、単柱と双柱が交互に配列され、ピラーは各ギャラリーの隅と中央に配されています。

見どころは、当時の状態で保存されている芸術性豊かな柱頭彫刻です。新旧約聖書のエピソード、聖人伝、植物文様(アカンサスの葉、パルメット)、実在の動物や空想の動物など多種多彩なモチーフで、柱頭という限られたスペースの中に彫刻家の創造性と想像性が発揮されています。

柱頭の4面を一つひとつ丹念に見ていくと数時間があっという間に過ぎてしまいます。物語の流れに沿って並べられているのでもなく、無秩序な配列が中世らしくて、微笑ましいです。

修道院の庭を取り囲む回廊は、俗世から切り離され修道士たちの瞑想の場であり、回廊へと導く扉を開けた瞬間、神聖なる空気が流れ、聖域への入口であること感じます。

雑念を取り除きたいときに回廊巡りはおすすめです。

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【サン・ピエール修道院(ABBAYE SAINT PIERRE DE MOISSAC)】

・住所: 6 Place Durand de Bredon 82200 Moissac France

・電話番号: +33 5 63 04 01 85

・拝観時間: 11~3月 13:30~17:00

       4~6月、10月 10:30~12:00/14:30~18:00

       7~9月 10:30~19:00

・回廊見学料: 大人€6.5

・最寄り駅: モワサック駅から徒歩10分

筆者

フランス特派員

マダムユキ

リヨン在住20年以上。フランス各地の魅力を文化・芸術・建築・食を中心にお届けしたい。

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