芸術の秋、イタリアで芸術家を目指すということ〜カンタンテ編

公開日 : 2013年11月18日
最終更新 :

 先日の記事「バレリーニ編」に引き続き「カンタンテ編」。カンタンテとはイタリア語で声楽家のこと。歌を歌う人の総称です。ここではクラシックの声楽家について書きたいと思います。

 いまだにゴタゴタしているサンカルロ歌劇場。(詳しくはこちらの記事を→サンカルロ歌劇場の不正行為

 今は、合唱団指揮者が三ヶ月間給料を支払ってもらっていないとか...。それでこの三日間はマエストロなしの稽古が続いています。一人ボイコットだそう。おかげで日曜日の今日は稽古がなくなりました。こうやって突然稽古がとりになる場合、有給なのです。ラッキー!

 今は12月のアイーダ公演に向けて稽古をしています。やっぱりこうゆう有名なオペラはテンションが上がる!舞台も壮大なので楽しみです。演出家は、シルクドソレイユを手がけたフランコ・ドラゴーネです。

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 私はイタリアに来てから様々なコンクールやオーディションを受けました。毎回ファイナルまでは残って、ファイナリストのコンサート出演(もちろん無償)は余儀なくされるのだけれど、なかなか3位以内受賞が難しい。1位や2位になっても、0.3点足りませんとかの口実で賞金を受け取れないことがほとんどでした。(日本ではあり得ない!)

 近年は韓国人が1〜3位全てをかっさらっていくこともある程、韓国勢が強いです。というのも、彼らは十八番アリアをいくつか持っていて、実に様々なコンクールに顔を出し、同じアリアをきっちりと決めてくるのです。その完成度の高さはあっぱれ。声も強靭で、表現力も豊か。舞台の立ち姿もきれいで、緊張しているように見えない安定感があります。さらに言うと、審査員の先生のレッスンを長期に渡って受けていることが多いのです。審査員からしても、普段から頑張ってる姿を目にしていると、やはり勝ってもらいたいのも人間として当然のこと。

 そしてもちろんイタリアのコンクールの受賞者のリストにイタリア人がいてほしいというのもコンクール主催者としては当然のこと。

 残りの枠には声の強いロシア、ブルガリア、スペインやアメリカが食い込んできます。

 そこにどうにか食らいつきたい日本。もちろんたくさんの日本人も活躍していますし、コンクールに受賞もしています。本当に実力のある人は国籍も師事する先生も関係なく、審査員が認めざるを得ないという綺麗なコンクールもまだ残っています。

 ただ、名の知られたコンクールで優勝しない限り、小さいコンクールで勝っても次になかなかつながらないのが「外国人」の弱み。仕事につなげるためには、コンクールよりもオーディションの方が有意義だと思います。

 私がヴェローナのエージェンシーのオーディションを受けに行った時のこと。アレーナ(有名な野外円形劇場)のキャスティングに関わっているエージェンシーで、知り合いからの紹介で声を聴いてもらえることになったので、言われた通りに5〜6曲のアリアを用意していきました。

 着くと、エージェント専属らしい女のピアニストと、オーディション参加のバリトン、テノールがいました。

 簡単に伴奏合わせをした後別室で待たされて、私が最後に部屋に通されてアリアを二曲歌いました。審査員はエージェントのオーナーであるでっぷり太ったおじさんだけ。歌い終わるとすぐにピアニストは帰っていきました。先にオーディションをすませた男声陣も、もういませんでした。

 私とおじさんだけが部屋に残り、おじさんに「歌の他に何を提供できる?」と言われました。「マリアカラスでない限り、Bravissima(とても上手)でも、カンタンテなんていくらでもいるんだから、歌+お金か人脈か体の三つのうちの何かを提供できないと今はこの世界では生きていけないよ」と。その後の言葉は省略しますが、ショックで悔しくて唖然として、言葉もなくスタジオを後にして、川沿いをひたすら歩いたのを覚えています。

 ちなみにその後、それを聞いたイタリア人の友達が憤慨して「ゆきはオーディションの時からあなたの言葉をすべて携帯で録音していた。警察に通報する」と脅して、今後このようなことが絶対ないように誓ってはくれたのですが。

 こうゆう事実は芸術界では黙認されていることでもあり、誰も公にしないことです。でも、もちろんそれだけではなくて、きちんと実力で大きな舞台を勝ち取っている人もたくさんいます。

 他にも似たような経験は多く、時にやりきれない思いになるけれど、妥協せずに「自分の時」を待っていればちゃんと夢は叶う国です。

 こんなこともありました。滞在許可証が必要なので、音楽院を修了した後も引き続き籍を置いていました。すると突然音楽院内部生を対象にしたオペラキャストオーディションが開催されることになりました。

 私は別の仕事でローマにいたので、滅多に音楽院に顔を出していなかったのですが、たまたま授業帰りにこの記事を発見。音楽院のイベントだろうと思って気軽に受けてみると、聴きにきていた審査員はサンカルロ歌劇場関係者だったのです。そして歌劇場主催の「ラ・ボエーム」のムゼッタを歌うことになりました。

 その後歌劇場が合唱団員のオーディションを開催しました。これを知ったのは締め切りの期限を過ぎてから。でも、ボエームで私を覚えていてくれた関係者が、締め切り後でも願書を受け付けてくれることになりました。こうゆうところがイタリア的!

 実は各歌劇場の合唱団のオーディションを受けるためには「労働滞在許可証」が必要なのです。でもこの時点で私が持っていたのは「学生滞在許可証」。

 サンカルロ歌劇場のミスで、この年のオーディションを受けられる資格の欄にはただ「滞在許可証保持者」としか記されていませんでした。

 受かって既に数回働いてから、香港公演の際に私の滞在許可証のことが問題となりました。その数回までは週20時間以内の労働は可能という「学生滞在許可証」の条件に当てはまっていたのですが、海外への引越し公演となると、劇場が全員分のビザを取得しなければいけなくなります。もちろん週20時間の労働時間も越えてしまいます。

 そこで面倒を起こしたくない管理局は私をクビにしようとしました。「10日間以内に労働許可証を持ってこないと雇用できなくなります」と。しかし、その許可証を警察署にお願いできるのは、本当は個人の私ではなく、雇用した歌劇場なのです。つまり、歌劇場からの書類がないと警察署が認めるはずがありません。

 そこで労働組合長や親切な同僚の方々の協力があって、どうにかこうにか「労働滞在許可証」を手に入れました。ばんざーい。

 ちなみに合唱団員は、時々キャストオーディションを受ける資格を与えられて、ソロとしても舞台に立つチャンスがあります。また、別の歌劇場でソリストとして歌うことも許されています。かなり自由な職場なのです。

 長くなりましたが、話だしたらきりがないほど。イタリアでカンタンテとして生きていくのはとても大変です。劇場の人間関係のストレスもあり、時々暴飲暴食をしています(笑)

 それでもやめられないのは、あの歌劇場の舞台に立つ時の興奮がやみつきとなるからかな。

 ちなみに、イタリアの4大歌劇場の職員は国家公務員とみなされます。

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