グラウンドゼロ・あれから4年

公開日 : 2005年09月16日
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今年も911の追悼式典がしめやかにとり行われた。すでに4年。年を追うごとに少しずつ人々の記憶から失われていく。年々増加するマンハッタンへの観光客。ホテルは昨年よりもさらに値上がりし、ここ最近もマンハッタン中のホテルがほぼ満室となることもしばしば。エンパイアーステートビルの展望台での順番を待つ楽しそうな観光客を見ているとなぜか4年前の出来事が夢のようにさえ思われる。一方で、ニューヨーカーにとって、特に犠牲となった人々の身近な存在であった人にとってはやはり一生ぬぐえない心の痛みであることには変りはない。街中、ありとあらゆるところで見られた献花やキャンドル、寄せ書き。行方不明の人の貼り紙。新聞に一面埋め尽くされた消防士の顔写真、誰もが掲げていたアメリカ国旗などが今でも頭に焼き付いている。そして9月11日の式典の中継で涙を拭きながら、遺影を掲げている遺族の方を見ると、今さらながら言いようのない切なさに胸のつまる思いがした。今現在、グラウンドゼロと呼ばれる貿易センタービルの跡地には何もない。工事用の鉄骨などの置き場所となっているだけで、この間行ってみたときは作業員さえ見当たらなかった。周囲は金網の柵に覆われ、たくさんの観光客がその現場を一目見ようとバスや地下鉄に乗ってやってくる。その観光客のために設置されたものか、当時の朝から次の日までの出来事を事細かに記した掲示板が目を引いた。分刻みのタイムライン(時系列)で書かれているため当時の様子がかなりわかりやすくまとめられている。また、「911のヒーロー」として命を落とした人々の名前も刻まれたボードも掲げられている。こうして人々は何もない工事現場のような跡地に、4年前の悲惨な出来事を反芻させているのかもしれない。変ったことといえば、グラウンドゼロの跡地に隣接して大きな駅の入り口ができていたこと。名前も「World Trade Center Path Station」。この階段を降りると一方が地下鉄(E,A,C,2,3,R,Wライン)。そして反対側がニュージャージー州へ向かうNJトランジットの改札口となっている。そういえば、世界貿易センタービルの地下にはもともと列車のターミナルがあった。つまりそれがまた復活したかたちとなったのだろう。ただし、駅はまだ臨時につくられただけとあって、がらんとしている。昔のように小売店や飲食店で賑わっているわけではない。ここが再び大きな発着ターミナルとして活気を取り戻すにはまだまだ時間がかかりそうである。グラウンドゼロは、バッテリー公園やシーポートピアにも歩いていける。また、復活した「センチュリー21」という有名なブランド品ディスカウントショップは目の前である。ショッピングの前に、このグラウンドゼロと呼ばれる跡地の前で起こった出来事に思いをめぐらし、鎮魂の祈りをささげてほしい。

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グラウンドゼロにて時系列(タイムライン)による当時の出来事が記されたボード目で追っていくと忘れていた悲惨な情景がまざまざとよみがえる。

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