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日本国内/岡山特派員ブログ mami

日本国内・岡山特派員が現地から日本地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


12.01.09-028 旗振台古墳。IMG_3467.JPG
前回に続き、後楽園の借景でもあり、市街地から一番近い山、操山ウォーキングの続きです。
萩の塚古墳から南へ足を向けると「つばきの森」を抜け、「旗振台古墳」に出ます。
ここに来るまでは、知らなかったのですが、たくさんの古墳がある山で「操山古墳群」と呼ばれるようです。

12.01.09-029 旗振台から児島湾方面。IMG_3468.JPG
旗振台からの眺めです。眼下に広がる沖新田、倉田新田など、ほとんどの平野が干拓による土地 です。
古墳のある位置は、古代の瀬戸内海航路を望む尾根頂部になるので、海が広がっていました。この海を「吉備の穴海」と呼んでいました。
旗振台というのは明治時代中頃、大阪で米相場が立つと旗を振って知らせる場所でもあったからです。
写真の左の方には熊山があり、そこにも旗振台があります。このような山々を中継地点として大阪から、岡山まで約15分で米相場が伝達されたそうです。

12.01.09-034 八畳岩古墳。IMG_3473.JPG
金蔵山古墳に向けて歩きますが、途中にも古墳がいっぱいあります。中にはうっかり踏んでしまいそうなくらい小さな古墳もあります。
こちらは、八畳岩古墳です。墳丘は流失し概ね失われ横穴式石室が剥き出しとなっています。
八畳というのは露出した石室の大きさが呼び名となみたいですね。操山丘陵の北麓に住んでいた有力者の家族墓と思われます。

12.01.09-040 二股古墳。IMG_3479.JPG
こちらは二股古墳(ふたまたこふん)といいます。石室の中には入っていませんが、横穴式の石室が二股に分かれた珍しい構造で名称の由来となっています。開口部向かって左側が主室で、右側に脇室があります。

12.01.09-043 金蔵山古墳の頂上。IMG_3482.JPG
こちらが目標の金蔵山古墳です。操山山塊において、ほぼ中央の金蔵山の山頂にあります。
ぽこっと石室の穴が見えます。岡山県では第4位の規模を誇る古墳で、墳丘長は165メートルといわれていますが、実際は山を利用した盛り上がりがあるものの、そんなに大きな古墳には感じられませんでした。墳丘規模・豊富な副葬品の点で吉備地方の代表的古墳の1つと聞いていたのでちょっと、拍子抜けしました。

12.01.09-048 円山にも登る。IMG_3487.JPG
ここから円山不動明王を通り円山を目指します。けっこう急坂です。

12.01.09-051 円山の三角点。IMG_3490.JPG
到着~!
円山の山頂です。三角点がありました。

12.01.09-052 三角点は古墳の上。IMG_3491.JPG
なんと!円山の三角点の下も古墳です。石鉄山古墳といいます。
ここから東へ行くと笠井山がありますが、今回は南の曹源寺を目指して下山します。


12.01.09-057 三重の塔。IMG_3496.JPG
山腹に曹源寺の三重塔が見えてきました。立派ですね~。三間三重で本瓦葺です。

12.01.09-059 滑りながら下っていく。IMG_3498.JPG
しかし、この道は、道と言うよりも溝のようにV字の谷のようになっていて
急坂の上に中央に水が貯まるせいか落ち葉が湿って滑りまくり状態です。
私も転がるように滑りましたが、後から写真を撮っている夫も滑り転びました。

12.01.09-062 こけた!IMG_3501.JPG
道の幅も1人ずつ通れるくらいです。

12.01.09-063 曹源寺の境内に降りてきた。IMG_3502.JPG
そして、下りてきたのが経堂と呼ばれる本瓦葺きの建物の裏でした。
このお寺の修行僧のほとんどが外国人で、日本人のお坊さまとすれ違ったことがありません。お寺自体もとても魅力があるので、またご紹介したいと思います。

12.01.09-065 曹源寺の山門。IMG_3504.JPG
本堂を抜けて三門をくぐりぬけ曹源寺を後にします。

12.01.09-066 石高神社。IMG_3505.JPG
曹源寺の直ぐ近くにある石高神社を通り、山麓沿いに護国神社へ戻ります。

いかがでしょうか。ご紹介したルート以外にも登山口が20近くもあるといわれています。道も整備されているので地図さえ持っていれば迷うことは少ないと思います。駅から手軽に登れる山のご紹介でした。


2020年1月24日

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 (前回の記事)沖田神社から車で北へ10分程走ると笠井山(134m)があります。そこから西に向かって円山(138m)、操山(169m)と低山が連なります。
中でも操山は岡山市街地から最も近い山で山中に聳える安住院の多宝塔とともに後楽園の借景となっています。
この操山は、自然や古代の歴史に触れたり、頂上から岡山市市街地を望んだりと多彩な魅力があるのでウォーキングを楽しんでみました。

12.01.09-003 散策道を三勲神社方向へ。IMG_3442.JPG
麓の護国神社に車を停め、操山自然養林正面入口から登ります。
登り口はいくつもありますが、車の停めやすい護国神社の登り口を利用します。遊歩道になっているので、看板も多く歩きやすい登山道です。まず、三勲神社跡を目指して歩きます。

12.01.09-007 三勲神社跡。IMG_3446.JPG
 三勲神社跡に到着しました。
御祭神は和気清麻呂、児島高徳、そして、楠正行(まさつら 楠正成の長男)の3人で、天皇のために命を賭けた皇国の忠臣が祀られていました。
現在は本殿を玉井宮の境内に移しているので建物跡が残るだけです。

12.01.09-008 三勲神社跡から岡山城方面。IMG_3447.JPG
 三勲神社跡から岡山市街地が見渡せます。
中央を流れるのが旭川で架かる橋が月見橋、その左側には烏城が聳え立っているのがわかるでしょうか。月見橋の右側のこんもりとした森は後楽園です。
 ここから市街地の夜景を撮るのもいいなぁと思います。

12.01.09-012 カナメモチのトンネル道。IMG_3451.JPG
この辺りは「カナメモチのトンネル道」と呼ばれます。冬はこの葉の木漏れ日の下を歩くのが気持ちがいです。

12.01.09-015 展望所で休憩後、操山の頂上へ。IMG_3454.JPG
この階段を登りきったら操山の頂上です。山頂の展望は期待できず三角点があるくらいでした。

12.01.09-020 道標。IMG_3459.JPG
山の中には随所にこのような看板が配置されています。「操山公園里山センター」は今回は行かなかったのですが、里山について学ぶことのできる施設です。操山に関する書物や展示物などを備え、炭火焼き体験、自然観察会(バードウォッチング、星空の観察会、ノルディックウォーク体験、森林音楽セラピー)、歴史講座など多彩なイベントが行われています。

12.01.09-022 萩の塚古墳。IMG_3461.JPG
 「火の用心」の方が目立ちますが、こちらは萩の塚古墳というれっきとした古墳です。長い間、早朝登山をする人たちの茶室として利用され、家本弁護士を中心に版画家の棟方志功、陶芸家で人間国宝の河合寛次郎など様々な文化人との交流の場になっていたそうです。もちろん、今は禁止されていますがね。
12.01.09-024 萩の塚古墳。IMG_3463.JPG
 この辺りから円山に向けては古墳が大小200余り点在し操山古墳群を形成しています。登山者だけではなく考古学ファンも魅了する山です。

今回は長くなるので「その2」に続きますね。

登山ルート http://www.city.okayama.jp/contents/000180047.pdf



岡山駅からのアクセス
路面電車 東山行(140円)15分




2020年1月20日

明けましておめでとうございます。
と、ご挨拶をしても今日はすでに鏡開きですね。
今年も岡山特派員として、ご当地ネタを披露していきたいと思います。よろしくお願いします。

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さて、先月は備前市閑谷の閑谷学校を中心にレポしていましたが、この閑谷学校を造った岡山藩の津田永忠は、新田開発や百間川の開削、後楽園の造営を行い、最も傑出した藩政家だったと評されています。
岡山藩は新田開発にも力を入れ、岡山平野の約2000㌶は永忠が手掛けた干拓事業によりでき上がりました。

藩命により、沖新田全土の産土神(うぶすながみ)として沖田神社が祀られています。

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干拓の功労者、津田永忠氏の像です。

土木建築の天才として知られ、倉田新田、幸島新田、沖新田の干拓を次々と手掛けていきました。

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沖田姫神社の裏には、小さな祠があります。
開墾の際、最後の潮止め工事が難工事となり、津田永忠の屋敷で奉公していた「おきた」という女性が人柱として志願し、祀られています。
輝かしい干拓事業の影に、何とも切ない実話が残されています。

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この沖田神社の中には、もうひとつ鳥居があり「道通宮」とあります。
このお社は沖田神社よりもさらに100年以上も古く、戦国時代、羽柴秀吉が高松城を水攻めにした際、部下の命と引き換えに切腹をした武将、清水宗治にゆかりのある社殿です。

由来も時代も違う、ふたつの神社が同じ敷地の中にあるわけです。
「道通宮」には宗治の次男を助けた白蛇が祀られています。

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「道通宮」のお参りの方法はとてもユニーク(?)でした。
本殿と拝殿とをつなぐ渡り廊下の下をくぐるように参拝路があり、一巡できます。
願い事のある人は、自分の年齢の数、あるいはその半分を巡拝し、本殿に向かって、願をかけます。
参拝路には、白蛇の好物「御供たまご」をお供えします。


住所    〒702-8001 岡山県岡山市中区沖元411
電話番号  086-277-0196(沖田神社・道通宮)
公式サイト http://www.okita-shine.com/
交通アクセス(車)  岡山ブルーライン君津ICから約8分
交通アクセス(公共) JR岡山駅から西大寺行(沖元・津田経由)バス、「沖元」下車、徒歩約3分



2020年1月12日
2019年12月24日
2019年12月20日
2019年12月11日
2019年12月 4日
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    岡山生まれの岡山育ち。岡山市内在住の「おかやまっ子」です。鉄道好きの夫に連れられ県内外各地を歩くうち、カメラを手にするようになり、文章を書くことが好きなことも高じて2013年からは個人ブログ「つれづれ日記」をはじめました。地元民目線での岡山の四季折々の自然や人々の生活、そして美味しい情報をレポしていきたいと思っています。 DISQUS ID @disqus_LJ2QGvckC1

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