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日本国内/岡山特派員ブログ mami

日本国内・岡山特派員が現地から日本地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


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福岡一文字派のあった備前長船の町には他にも歴史ある魅力的な場所が多数あります。
田舎には不釣り合いなほど広い小路をそぞろ歩いてみましょう。


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妙興寺のある古い町並みを北に進むと七つ井戸が見えます。
江戸時代初期、各小路にひとつづつ掘られ、飲用と防火用水として使われていました。
このような井戸が5カ所、残っています。


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七つ井戸から見えるのは仲﨑邸です。
明治から大正時代初めにかけて建てられた、築約100年の大地主の邸宅です。


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外観を見ただけでも格調があり、建築主の意匠に対するこだわりを感じます。
この日はインドネシアのガムランの演奏会をしていました。
建物の中では、このような演奏会や邸宅や地域の郷土資料などが公開されています。
そうそう、来月12月2日は『時代を語る刀剣展』with ONE DAY CAFE in NAKAZAKITEIという、ガラスショーケースの中に入っていない展示で刀剣を鑑賞できる会がありますよ。
ガラスケースがないので写真もカッコよく撮れますね!

詳しくは下記のHPをどうぞ。
https://okayama.mypl.net/event/00000310221/



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仲﨑邸のある全面道路は道幅が広く、中国地方随一を誇った大商業都市で
その面影が800年経った今でも残されています。
黒田長政が筑前52万石の大名となり城を建てた時、先祖が暮らした備前福岡にちなみ
福岡城と名付けたことがわかるような気がします。



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この写真でわかるでしょうか?
道幅が広いのですが、隣の家と間口を少しずらして建て(武者隠し)
敵から見えにくくしたりしています。


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薬王寺跡です。
今でこそポツンと建った小さな建物ですが、往時は三院六堂が建ち並ぶ大寺院で
多くの参拝者で賑わっていたといいます。


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福岡の市が建ち並んでいた市場小路を西に歩くと広い十字路に出ます。右に曲がって北へ歩くと備前福岡郷土館があります。
大正時代の病院を利用した建物です。
ここでは、一遍上人絵がこの福岡の市で辻説法をしている様子を
鎌倉時代の絵師、法眼円伊が描いた国宝「一遍上人絵伝」』のデジタル資料を見ることができます。


かつて、この辺り一帯に立っていた福岡の市は
中世の賑わいを現代版「備前福岡の市」として、地元生産者との交流が楽しめる朝市として再現されています。
毎月第4日曜日(8:00~14:00)に開催され、特に今月、11月25日(日)は「大市」として盛大に賑わいます。
瀬戸内市の農産物や加工品、グルメなどの店舗が並び、刀鍛冶による包丁砥ぎ、妙興寺住職による辻説法
名刀太鼓の演奏、自分だけの日本刀を作るワークショップなど、ここならではのイベントも多数あります。

詳細はこちらになります。
https://www.okayama-kanko.jp/event/12750


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備前福岡郷土館のある古い町並みを南に歩くと牛神様があります。農耕のための貴重な労働力だった牛は家族同様に大切にされていました。
牛の健やかな生育を願って牛神信仰が生まれたといいます。

いかがでしょうか?
今でこそ小さな町ですが往時の賑わいを忍びながら、歩いてみてはいかがでしょうか?



2018年11月16日

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先月、「九州福岡の地名の由来は『備前福岡』から」で、お伝えをした妙興寺の門前です。
お寺は道幅の広い「市場小路」の突き当りにあります。
室町時代は、吉井川の水運と山陽道の陸運が交わる要衝で、常設市に発展し
備前福岡は西国で最大級の商都として栄えていました。
かつては、ここから西の吉井川まで、市が立て並ぶメインストリートだったそうです。
当時から刀剣や備前焼が取り扱われ、国宝「一遍上人絵伝」の中の”福岡の市”では
その繁栄ぶりを物語っています。
この道幅は当時のままで、古い道にありがちな狭い路地ではありませんよ。


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妙興寺の100m西、市場小路沿いに,自然石に刻まれた碑が建っています。
これは、福岡一文字刀工跡の記念碑です。”福岡一文字派”が生れ,多くの名工を輩出した場所です。
福岡一文字派の始祖、則宗は後鳥羽上皇より皇位の紋である十六弁の菊紋と一の字を切ることを許されます。
そのことから「十六弁の菊紋」に「一」が銘に入っているものを「菊一文字」と呼ぶことになります。

余談ですが、菊一文字といえば、新選組一番隊長の沖田総司愛用の刀として
作家の司馬遼太郎や子母澤寛の小説の中に出てくるので、有名な話しですが
実際、大名が持つような名刀を普段から持ち歩いていたのでしょうか?

また後鳥羽上皇は、古今の名刀をこよなく愛し、全国から名工を招じ
御所で鍛えさせ、さらに、自ら鍛刀を行ったともいいます。
そのため、刀鍛冶は一介の職人ながら下級貴族の地位を与えられ烏帽子を許されたといいます。


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一文字派の有名な刀剣として、東郷元帥が日本海海戦の時、旗艦三笠艦上で指揮をとった福岡一文字吉房
福岡藩初代藩主、黒田長政は一文字を代表する太刀、日光一文字(国宝)を所持していました。
さらに戦国武将、上杉謙信の愛刀として知られ、福岡一文字派の最高傑作とされる
山鳥毛(さんちょうもう)一文字(国宝)。
特にこの刀は岡山県内の個人の所有のものですが
先日、上杉謙信所縁の新潟県上越市が買取を断念したという報道がありましたね。
現在は旧長船町が含まれる岡山県瀬戸内市が買取に向けて動いています。
先月からこの太刀の購入に向け、瀬戸内市はインターネットで寄付を集める
クラウドファンディング(CF)型ふるさと納税を始めました。

興味のある方はこちらのHPへどうぞ。
山鳥毛里帰りプロジェクト https://setouchi-cf.jp/




2018年11月 8日


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長船は、古来から名刀の産地として知られ、数多くの名工を輩出してきました。
ここは、古くから備前長船の刀匠の霊を供養してきた菩提寺です。


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正確には「西方寺慈眼院」といいます。
奈良時代、唐僧鑑真の創建と伝えられる1300年の歴史ある寺院で
本尊は阿弥陀如来、脇侍は観音菩薩・勢至菩薩となるそうです。


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本堂です。
寺の歴史は天平時代からですが、建物の建立は名にし負う刀匠
横山上野大掾祐定という説もあります。


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本堂を振り返ると半鐘があります。
明治20年に先祖代々の菩提のため、刀匠・横山元之進祐定(すけさだ)寄進の梵鐘です。
元之進祐定は、備前長船の流れをくむ第60代祐定、最後の刀匠です。

『備陽国志』によると戦国時代、水運の大動脈だった吉井川で大洪水がありました。
戦に明け暮れた戦国時代は、大量の刀剣のニーズがあり、長船は刀剣の一大産業で栄え
いくつもある大きな工房は、刀匠だけでなく、砥師、鞘師、塗師など数多くの専門分野に別れ
分業体制で刀を作り、大量生産が行われていました。
しかし、この洪水で多数の工房が濁流に呑まれ流されてしまいます。
しかも、このような水害が2度も起こり備前長船・福岡の刀剣工房は壊滅してしまうのでした。


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しかし、この大災害の中から立ち上がったのが横山藤四郎祐定です。
かつては、武田信玄や織田信長にも招かれて刀を鍛えたという祐定一派の名誉のため、見事復興させ
小早川秀秋より藩鍛冶に召し抱えられた人物です。
藤四郎には4人の男子がいて、それぞれが祐定を名乗り、一門は大いに繁栄し
祐定の名は代々、江戸、明治、大正、昭和と引き継がれますが
昭和4年第60代祐定、横山元之進が亡くなると、息子も若くして亡くなっていたため血族は途絶えてしまいます。


この鐘は、南北朝時代の永徳4(1384)年の作で大きさは、全高93.9cm、口径53.9cm、 竜頭高18.2cm。
池の間には、筑前国(福岡県)筑紫宮へ納めるために作られたことを記す刻銘、防州(山口県) の寺に買い取られたことを記す刻銘、祐定が寄進したことを記す刻銘、また、鏡の内面には、 この鐘が当寺に納まるまでの四種類の刻銘が記されている。
寄進者の刀匠元之進祐定の故郷における事蹟を記す鐘として、重要な資料となっている。

          瀬戸内市教育委員会(現地案内板)



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大洪水以前の歴代刀匠の墓地は現在ではわからないため
境内に刀匠のための供養塔があり、毎年刀匠慰霊祭が行われています。
境内には、刀匠横山上野大掾祐定のお墓もありました。



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慈眼院から東へ歩くと住宅街の一角に造剣之古跡碑が建っています。
大正14年に横山元之進祐定が史跡保存のため私財を投じて建立した碑だそうです。
あの半鐘を寄進した祐定さんです。
刻まれた文字は後に第29代内閣総理大臣を務めた、岡山出身の政治家・犬養毅の筆跡によるもので
碑の高さは5㍍、刀の切っ先を空に向け建てられています。
大正時代には、日本刀の需要はほとんど無くなり、この年、横山元之進祐定は刀匠を廃業したのでした。

ところが、平成の現代、長船の刀鍛冶は今も槌音を響かせています。
それは昭和に入り日本軍がサーベルから日本刀様式の軍刀に変わり需要が出てきたため
戦時中に復活したものが続いているそうです。
現代は居合刀として武道具として、また美術工芸品として日本刀の作刀を、さまざまな形で現代に伝えています。


名 称   宝城山西方寺慈眼院ー古跡備前長船刀匠菩提寺ー
所在地   〒701-4271 瀬戸内市長船町長船
TEL     0869-22-3953 長船市観光協会


2018年11月 1日
2018年10月29日
2018年10月17日
2018年10月11日
2018年10月 8日
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    岡山生まれの岡山育ち。岡山市内在住の「おかやまっ子」です。鉄道好きの夫に連れられ県内外各地を歩くうち、カメラを手にするようになり、文章を書くことが好きなことも高じて2013年からは個人ブログ「つれづれ日記」をはじめました。地元民目線での岡山の四季折々の自然や人々の生活、そして美味しい情報をレポしていきたいと思っています。 DISQUS ID @disqus_LJ2QGvckC1

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