海外旅行・観光情報の「地球の歩き方」TOP > 特派員ブログ > ヨーロッパ  > イタリア/ローマ特派員ブログ

イタリア/ローマ特派員ブログ 阿部 美寿穂

イタリア・ローマ特派員が現地からヨーロッパ地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


メール プリント もっと見る

気温が上がり、大分春めいて来ました。今回は、日本でイタリアに関係したスポットの一つ、「山手イタリア山庭園」をお届けします。お散歩にぴったりなこの季節をどうぞお楽しみ下さい!

山手1.JPG

↑ 高台に建つ外交官の家(重要文化財旧内田家住宅)の前に、小さなイタリア式庭園が広がります!



神奈川県横浜市中区にある山手地区は、開港当時に外国人居留地として栄え、今日もその面影を残しています。西洋館の多くは関東大震災により失われてしまいましたが、現在7つが保存公開(無料)され、”山手西洋館巡り”が出来るコースとして良く知られています。本日は、イタリアに関係した見どころということで、下記の一番下のグループの【山手イタリア山庭園内】を訪ねてみました!


山手西洋館巡り(北から南に向かって)

【港の見える丘公園内】
-横浜市イギリス館
-山手111番館
【元町公園の周辺】
-エリスマン邸
-山手234番館
-べーリック・ホール
【山手イタリア山庭園内】
-ブラフ18番館
-外交官の家

山手2.JPG

↑ イタリア山庭園へは、最寄り駅の石川町駅(JR根岸線)から徒歩すぐです。石川町から徒歩圏内には、横浜スタジアム、中華街、港の見える丘公園、山下公園などがあります。駅の元町口を出て、徒歩で5分位坂道をぐんぐん上って行くと、看板が見えて来ました!


山手4.JPG

↑ イタリア山庭園の敷地の中には、”ブラフ18番館”と”外交官の家”の二つの邸宅が建っています。写真一枚目の外交官の家は、1910年に明治政府の外交官であった内田定槌氏の邸宅として建てられたものを、横浜市が孫の宮入氏から寄贈を受けて、山手イタリア山庭園に移築復元したものです。当時の外交官の暮らしを垣間見ることが出来てとても興味深いです。国の重要文化財となっています。
その外交官の家に前に広がる幾何学模様の庭園が、所謂”イタリア式”と呼ばれる庭園です。筆者が訪れた時は、ハボタンとパンジーが綺麗に植えられていました。


5.jpg

↑ ローマのドーリア・パンフィーリ公園で撮影したイタリア式庭園の例です。幾何学模様が特徴的なイタリア式庭園は、ツゲなどを刈り込んで生垣を作ります。くねくねとまるで迷路の様です。シンプルさが日本庭園と通じているかのようにも思えます。


山手5.JPG

↑ 本場イタリア・ローマのイタリア式庭園のくねり感までは行きませんが、かくかくとした生垣の間には水路や噴水があり、イタリアを思い出しました!


⇒続きを読む"山手イタリア山庭園へのアクセスと楽しみ方!"

2018年3月31日

ローマに大雪をもたらしたブリアン大魔王も去り、漸く、いつも通りのローマのリズムが戻って来ました。雪が溶けてからも一週間の間は、バス、列車が間引き運転でのサービスだった為、ローマの近郊から市内のオフィスに出勤して来る会社員は、通勤にいつもの2倍も3倍も時間がかかり大変だった様でした。たった一日雪が降っただけですが、この週は会社を休みにしてしまったところも出た程です。
今日は、ローマの旧市街にある有名な観光スポット、ナヴォーナ広場近くの小さなお食事処をご紹介します!

1.JPG

↑ お店の”本日のメニュー”のページから、ズッキーニと小海老のフェットチーネを選びました!
ナヴォーナ広場(Piazza Navona)は旧市街にある車が入らない細長い広場です。すぐ近くにはパンテオンなどがあり、多くの見どころが集まるゾーンです。


2.JPG

↑ こちらがローマ料理のレストラン “ラ・ピッコラ・クッカーニャ(La Piccola Cuccagna)” です。場所は、ナヴォーナ広場への南側の入口の前にあります。大きなコルソ・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りからは、この写真の奥側から手前にかけて見える道を通って来る筈ですが、この道を広場に向かって歩いて1分程度です。小さなレストランですが、夏も冬も通りに面したテラス席があります(写真参照)。


3.JPG

↑ こちらはお店の内部です。ローマではお昼は13時頃からお食事が可能なレストランが多い中、こちらのお店の営業時間は11時からと他のレストランに比べて早めな為、とにかく疲れてお昼にしてしまいたい時などに便利です。先日もお昼に利用したのですが、11時45分頃には注文したお食事が運ばれて来ました。



⇒続きを読む"ナヴォーナ広場のかわいいレストラン。ローマ料理の"ラ・ピッコラ・クッカーニャ""

2018年3月14日

昨日はローマで大雪となりました!一昨日の予告記事「イタリア半島で大雪の恐れ!強烈な寒風ブリアンさまが到着しました!こちら」の配信がぎりぎりでしたが間に合い、本当に良かったです。今後も、悪天候については正確な情報を把握次第、日本語で掲載して行きたいと思います。本日は、ローマで大雪直後の様子を撮影して来たものをお届けします。



この”ブリアン(Burian)”と言うものは、シベリア大陸からやって来た、雪を伴う強烈な寒風です。数日前から、”ブリアンが首都を占拠か!”“ブリアンがやって来る!”“ブリアンがイタリアをぺろり!”などと、新聞の見出しに情報がちらほら出始めましたので、イタリアでは警戒をしていたと思います。
“ブリアン”は、ギリシア語のボレアス(Boreas/Βορέας)から来ていて、イタリア語ではブリアーナ(Buriana)と言う”短期間の吹雪”を意味する単語が感覚的に最も近いと思います。



典型的な地中海性気候のローマの冬は温暖で、通常は霜が降りたり雪が降ることはありません。ヤシやバナナ、極楽鳥花なども普通に地植えで年を越します。最近雪が降ったのは、2012年2月のことです。その前は1985年1月でしたので、ほぼ30年に1回のペースで白い悪魔がやって来ることになります。この1985年のものは、近年でローマで最も被害が出た降雪で、中心部で15センチ積もったそうです。
今回のブリアンは、ローマ中心部で3センチ、北ローマで10センチの積雪の予報が出されていました。雪に慣れていない為、首都ではこの程度の降雪でも交通機関が簡単にマヒしてしまいます。この為、昨日26日は、ローマの学校は幼稚園から大学まで強制的に休校となりました。それでは、一緒にローマの雪の模様を見てみましょう!


Neve 1rito.png

↑ 26日朝10時頃のコロッセオです。深夜3時頃から降り始めた雪で真っ白になっていました!
ローマには、ブリアン大魔王は25日の深夜から26日の明け方に到着するとの予報が出ていました。気になって25日の深夜1時半に窓から外を見てみたところ、シトシトと降る雨で、特に雪になってはいないようでした。ベッドに入って、スマホで Skyline Webカムさんの観光Webカメラで、この様な事態ではいかにも雪が降りそうな怪しそうな都市、ペルージャとアブルッツオ辺りをちらっと覗いてみたところ、既に吹雪で画面が真っ白ではありませんか!もうダメだと思いました。ローマまで下りて来るのも時間の問題です。そこで戸締りをしっかりして、首にマフラーを巻いて自分の運命を呪い、諦めて寝ました。
参考記事:
2014年12月28日号 リアルタイムで楽しめるWebカメラ(生中継カメラ)でローマを覗いてみよう!こちら


Neve 2rito.png

↑ 降雪から5時間経ったローマの中心部の道路の様子です。26日の朝、家の近くの歩道で、大きな声で雪合戦のチーム編成をしている子供達の声で目が覚めました。もうダメだと思いました。積もっているに違いありません。そこで、まずは、ローマのシンボル、コロッセオに様子を見に行ってみることにしました。雪で滑る為、運動靴を履いて行きましたが、雪がたっぷりと水分を含んでおり、あっという間に浸水してしまいました。そして、再度、踵が高いブーツに履き替えて出直しました。雪で足元が大変滑るので、腰を低くして、コントの様な格好で歩いて行きました。

Neve 3rito.png

↑ この時の気温はマイナス3度です。雪が溶けていない為、中々うまく歩けません。コロッセオまで本来ならばすぐの筈が、”私バチカン市国まで行って来ました!”と言う位、時間がかかりました。コロッセオ前では雪合戦をする人達、雪合戦に参加したくてクンクン鼻を鳴らす犬など、多くの素敵な人達に出会いました。


Neve 4rito.png

↑ コロッセオの内部にも雪が積もっているのが外から見えました。今日は休園との看板が出ています。

Neve 5rito.png

↑ コロッセオとヴェネツィア広場を結ぶフォーリ・インペリアーリ通りです。この通りを挟んで両側にフォロ・ロマーノとフォーリ・インペリアーリの遺跡があります。ローマの建国は紀元前753年4月21日と言うことで、この辺りはローマを愛する者にとっては歴史的に興味深いゾーンです。コロッセオからここまで約200メートルですが、歩くのに20分位かかりました。この様に、大勢の観光客さんが足元に注意しながら、ぞろぞろと列になってゆっくり歩いて行きます。水分を多く含む雪で道路がべちゃべちゃです。除雪車の早めの登場が望まれます。歩いているうちに晴れて青空になって来ました!

Neve 6rito.png

↑ フォロ・ロマーノです。写真中央辺りに見えるのが古代の元老院で、今見えている建物はディオクレティアヌス帝(在位:284~305年)が再建した時のものです。ファサードにあった青銅の扉は、ローマ法王アレクサンドロス7世によって、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂の正面部分に移されています。荘厳で素晴らしいオリジナルの扉ですので、是非ご覧下さい。

DSC_6073-1.jpg

↑ 置かれていた場所が場所(ローマ皇帝達の銅像が並ぶフォーリ・インペリアーリ通りの遺跡)なので、カエサル(シーザー)かしら?と思いました。



⇒続きを読む"ローマが雪で真っ白に!記録的な寒さのブリアン大魔王の爪痕!"

2018年2月27日
2018年2月26日
2018年2月19日
2018年2月15日
2018年2月11日
⇒すべての記事を見る

イタリア旅行 旅スケジュール

旅行者の作る、新着!旅スケジュールをご紹介します。 ■イタリアの旅行記・口コミ「旅スケ」へ

ヨーロッパ特派員ブログ一覧

アイスランド/レイキャヴィークアイルランド/ゴールウェイイギリス/イーリーイギリス/エディンバライギリス/カーディフイギリス/ギルフォードイギリス/グラスゴーイギリス/ケンブリッジイギリス/コッツウォルズイギリス/ヒースローイギリス/ブリストルイギリス/ベルファストイギリス/ヨークイギリス/ロンドンイギリス/ロンドン2イギリス/ロンドン3イタリア/アンコーナイタリア/アンドリアイタリア/シチリア島イタリア/トリノイタリア/ナポリイタリア/ナポリ2イタリア/パルマイタリア/フィレンツェイタリア/ボローニャイタリア/ミラノイタリア/ミラノ2イタリア/ラ・スペツィアイタリア/ローマイタリア/ローマ2ウクライナ/オデッサエストニア/タリンオランダ/アイントホーフェンオランダ/アムステルダムオランダ/デンボスオランダ/ライデンオーストリア/ウィーンオーストリア/チロルオーストリア/リンツキプロス/ニコシアギリシャ/アテネクロアチア/コルチュラ島クロアチア/ザグレブクロアチア/ドゥブロヴニクスイス/アッペンツェルスイス/チューリヒスイス/ベルンスウェーデン/ストックホルムスペイン/イビサ島スペイン/バルセロナスペイン/バルセロナ2スペイン/バレンシアスペイン/バレンシア2スペイン/ビトリアスペイン/ビルバオスペイン/マドリッドスペイン/マドリッド2スロヴェニア/リュブリャナセルビア/ベオグラードチェコ/ブルノチェコ/プラハチェコ/プラハ2デンマーク/コペンハーゲンドイツ/ケルンドイツ/ケルン2ドイツ/シュタインバッハドイツ/デュッセルドルフドイツ/ハノーファードイツ/ハンブルクドイツ/フライブルクドイツ/フランクフルトドイツ/ベルリンドイツ/ボンドイツ/ミュンヘンドイツ/ミュンヘン2ドイツ/ミンデンドイツ/ライプツィヒドイツ/レーゲンスブルクノルウェー/オスロノルウェー/オスロ2ノルウェー/ベルゲンハンガリー/ブダペストフィンランド/サヴォンリンナフィンランド/トゥルクフィンランド/ヘルシンキフィンランド/レヴィ・サーリセルカフランス/アヌシーフランス/カンヌフランス/トゥルコアンフランス/ナルボンヌフランス/パリフランス/パリ2フランス/ボルドーフランス/マルセイユフランス/リヨンブルガリア/ソフィアブルガリア/プレヴェンベルギー/ゲントベルギー/ブリュッセルベルギー/ルーヴェンポルトガル/ポルトポルトガル/リスボンポーランド/カトビッツェマケドニア/スコピエマルタ/マルタ島モンテネグロ/ポドゴリツァヨーロッパ/バルカンラトヴィア/リーガルクセンブルク/ルクセンブルクルーマニア/ブカレストロシア/モスクワ

ヨーロッパにもどる

  • 特派員プロフィール
  • ローマ特派員

    ローマ特派員
    阿部 美寿穂
    神奈川県出身。イタリア政府公認観光通訳、ツアーコンダクター(伊⇔英、日)。ローマ大学卒(文学哲学部文化遺産学専攻)、国立ペルージャ外国人大学修了。日本の公的機関で企画及び広報業務に6年間携わった後、渡伊。ご質問・ご相談などの各種お問い合わせはどなた様もお気軽にこちらまでどうぞ。また下記のSNSでは、イタリアの日常生活や旅行ヒントなどを毎日お送りしています!
    イタリア便り 阿部美寿穂(Twitter)
    romamizuho(Instagram) DISQUS ID @disqus_TzPr9NzFTw

  • リーダーに登録

地球の歩き方Web特派員募集