平取町を体感!~北海道で唯一「伝統工芸」がある町の「アイヌ文様彫刻」と「クチャチセ作り」体験

公開日 : 2021年10月12日
最終更新 :

北海道の背骨、日高山脈の麓にあり、競走馬の産地として全国的に知られる日高エリア西部にある平取町。10月初めに平取町を体験する1泊2日のモニターツアーに出かけました。
そこで体験した平取町を紹介します。

北海道平取町(びらとりちょう)

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▲ Biratori Town in Hokkaido is famous for its tomatoes.

北海道民にとって「平取町」といえば、最初に浮かぶのはおいしい「トマト」でしょうか。
「ニシパの恋人」という平取町産ブランドトマトや、それを使ったトマトジュースがとても有名です。

▲ Biratori Town in Hidaka Area, Hokkaido

平取町は、新千歳空港から南東へ車で約1時間、札幌からは約1時間半の場所にあり、飛び地の日高町に挟まれた清流・沙流川(さるがわ)や額平川(ぬかびらがわ)を中心に拓けた町です。

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▲ Whooper swans on the way back to Russia, at the River Saru in Biratori Town, March

個人的には日高山脈を源流とする沙流川と、春先、そこに舞い降りるオオハクチョウが印象的。
町内の野生のスズラン群生地も有名です。

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▲ River Saru and the ravine with autumn color at Nioi in Biratori Town in early October

北海道の地名は、そのほとんどがアイヌ語由来といえるほどで、特に市町村名は、日本語由来の名称は数えるほどしかありません。
例えば、一見「和」の印象がある道南の「松前町」もアイヌ語が由来です。
平取町もアイヌ語由来の地名で、「ピラ・ウトル」(崖の間を意味)に由来するそうです。
写真↑は崖が見える沙流川(平取町荷負)。

近年は、北海道白老町(胆振エリア)の国立アイヌ民族博物館「ウポポイ」完成により、全国的にアイヌ文化やアイヌコタンについて見聞きしている人が増えたと思います。
北海道では、アイヌ民族が住むエリアとして平取町を含む日高エリアと白老町がある胆振エリアが最も多いといわれ、平取町ではアイヌ文化や伝統が受け継がれています。
このため、平取町はチセ(家屋)群や、アイヌ文化の博物館などがある「二風谷コタン」がある町としても知られています。

今回、その「平取町」へ向かうモニターツアーは、アイヌ文様をデザインした「セタプクサ号」で札幌駅を出発。
「セタプクサ」はアイヌ語でスズランを意味します。
スズランは、平取町の花でもあります。

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▲ Seta-pukusa, the bus with the Ainu Pattern design by Japanese craftspeople of Ainu

セタプクサ号は現在、赤バス・青バスの2種類があり、今回は青バスに乗車。
ボディのデザインは、平取町の伝統工芸家によるアイヌ文様がモチーフのデザインです。
アイヌ文様には基本パターンがあり、それぞれに意味があります。

棘がある形「アイウㇱノカ」、目の形「シㇰノカ」、蕾の形「アパポエプイノカ」、渦巻き形「モレウノカ」、ウロコの形「ラㇺラㇺノカ」。
それぞれの文様には意味があり(居住地域によって意味が異なる場合があります)、このパターンを組み合わせてさまざまなデザインが生まれます。
バスのどの部分に基本パターンが描かれているか、ぜひ見てみてください。

北海道唯一の伝統工芸「二風谷イタ」と「二風谷アットゥシ」

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「日本の伝統工芸」は各地にありますが、北海道にはここ、平取町にだけ認められている伝統工芸品があります。
それが木彫の「二風谷イタ」と織物の「二風谷アットゥシ」です。
二風谷は「ニプタイ」(木が生い茂るところ)に由来しているといわれる平取町内の地名で、「イタ」はアイヌ民族が「男の手仕事」として身に付けてきた木製彫刻技術を施したお盆やお皿です。
北海道の民芸品として知られる木彫りの熊やウポポイ人形は、この「男の手仕事」である彫刻技術を使って作られた作品です。
アイヌ民族の男性は、木彫りができて一人前、とみなされていたほど木彫は身近なものだそう。

そして今回、この彫刻技術をちょこっと体験する「コースター作り」に挑戦しました。
講師は伝統工芸家で彫刻家の貝澤徹さん。
貝澤徹さんのアトリエがある「北の工房つとむ」で手ほどきを受けました。

貝澤徹さんデザインの下絵、「アパポエプイノカ」(蕾の形)、「モレウノカ」(渦巻き)、「シㇰノカ」(目の形)のアイヌ文様のデザインが描かれた木製コースターの輪郭に沿って、三角刀で彫っていきます。
次は、さらにその少し内側を彫ります。三角刀の角度を変えることで、彫りの深さや太さが変わる......ハズなのですが...。

これが難しい!
思うような深さに彫れず、円の縁に沿って一気に彫りたいところが、つい手が止まりやり直し。
それを繰り返すと......

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▲ Experience curving the wood coaster with traditional Ainu patterns
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▲ Wood carving coaster examples with Ainu pattern that an artisan designed and curved

無心に彫ってはいたもののラインはガタガタ。先生が彫った見本と見比べると、その粗がよくわかります。
一気に彫り進めることがコツだそうで、やり直そうと手を止めると、線が途切れて幾重にもなり、滑らかな曲線にはほど遠いできになりました。
最後は印刀に持ち替え「ラㇺラㇺノカ」(ウロコ模様)を彫ります。

小さな面積の中を格子状に数本の直線を入れ、その小さなマス目の半分を細心の注意を払ってさらに斜めに切り取ります。
これにより各マス目の半分が掘られ、完成(成功)すると光の陰影によって光沢が出ます。二風谷イタの特徴のひとつは、このラㇺラㇺノカだそう。

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ラㇺラㇺノカは、先生にかなり手伝ってもらい、なんとか光沢が現れました。
細かな刃先の彫刻刀でも刃の角度や力の入れ具合が難しく、さらに左手の添え方など一度に複数の個所に気を配れずに四苦八苦しましたが、昔のイタ製作は"短刀"一本で作っていたそう。
自分で彫ってみると、美しい仕上げまでの道のりがいかに険しいかがわかり、木彫作品を見る目が変わります。

現存する二風谷イタを見ると、短刀一本で作った手先の器用さ、彫刻技術の高さをよりはっきりと窺い知ることができます。
ちなみに今回乗車した青い「セタプクサ号」の左側ボディは、貝澤徹さんデザインです。
コースターの出来栄えは美しいとはいえませんが、高校生以来の彫刻刀使いは、とても楽しいひとときでした!

通常、コースター作り体験は、平取町立二風谷アイヌ文化博物館で体験できます(要事前申し込み)。
(http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/learning/)」をご覧ください。
詳細は、公式ウェブサイト「[体験学習のご案内]

狩り小屋「クチャチセ」を作る!

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▲ Kucacise with Sakhalin fir roofing that is a small hunting cabin of Ainu

北海道民であれば「チセ」がアイヌ文化の家であることは知っている人もいると思いますが、その種類についてなどは知らないことも多く、さらにチセを作る体験はとても貴重です。
今回のモニターツアーでは、「シケレペファーム」で指導していただきながら、アイヌ民族が狩りをおこなったり休憩する際などに使っていた小さなチセ、「クチャチセ」(狩り小屋)作りに参加しました。

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講師はシケレペファームの貝澤太一さん。
シケレペファーム敷地には、なんと山(森)があり小川も流れています。

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▲ One of the Ainu rituals for a god, Kamui beside of the brook before the work in the forest

今回、森に入って作業をさせていただくので、アイヌ伝統文化にのっとり、敷地内の川のほとりで山の神様へのあいさつの意味を込めて祈りを捧げる儀式をおこないました。
神様に祈りながら木製の捧酒箸「トゥキパスイ」(イクパスイ)にお酒をつけて、自分の体に振りかけます。

男性は、神様にも御神酒を捧げます。
映像を通してのみ見たことがある神聖な儀式をまさか自分が体験できる日が来ようとは。

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さっそく作業に入ると、最初にクシャチセの屋台骨となる柱の木を森に入って伐採します。
「森の中のどの木を切ってもいいですよ」といわれ、せっかくなら......と欲を出して斜面を登り、ほどよい太さの木を探します。
みつけた(アドバイスしてもらった)木に刃を当て、ノコギリを引くこと約10分。
斜面での作業は思った以上に体力を使いますが、無事に切り倒すことができました。

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今度は切り倒した木を下まで運びます。
写真では見えにくいですが、黄色いラインで囲んだ部分が切り倒した木の枝と葉の部分。
木の幹だけみると、そう太くはなく思ったほど時間をかけずに切り倒せましたが、梢までしっかり枝が張っている木は思いのほか重く、下草にひっかかったりで、山の斜面から運び出す作業は想像以上に重労働。

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平地に運んだ木は、枝をすべて切り落とし、支柱として適当な長さに切り揃えます。
そして自然に返るエコな紐を使い、支柱3本を先端から30cmほどのところで結わえました。

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結わえた3本の支柱のうち真ん中の1本のみ反対側に倒し、3本の支柱が互い違いになるよう地面に立てると、クチャチセの骨組みができあがります。

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▲ Sakhalin fir forest

今度は「トドマツ」でクチャチセを"ふき"ます。
北海道の森にはエゾマツ、トドマツ、カラマツといろいろなマツがあります。なかでも"トドマツ"の葉は、ほかのマツと同様に細く尖った葉先ですが、触っても痛くないので(ほかのマツは痛い)トドマツでふくそう。
高い木の梢から良い塩梅の枝を高枝ノコギリで切り落としました。

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トドマツの枝でチセをふき、大きなフキの葉を集めてチセのなかに敷き詰めます。
最後に鍋を吊り下げるための鉤(かぎ)を吊り下げてクチャチセが完成!
正確には、フㇷ゚(マツ)でふいたので「フㇷ゚チャチセ」の完成です。

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10月とはいえ、この日は日差しが強くしっかり汗をかくほど体感温度は高かったのですが、フㇷ゚チャチセのなかはほどよくひんやりして気持ちがよい空間です。
なかで寝転んでみると、昼寝をしたくなる心地よさでした。
フㇷ゚チャチセは、そのままにしておくと、2週間ほどはこの形を保っているそうです。

秘密基地を作っているような感覚で、オトナもワクワクする体験。
クチャチセは、大人と子どもが協力し合って作るとさらに楽しそうです!
クチャチセ作り体験は、常時開催してはいませんが、タイミングが合えば体験会に参加することができます。

直近では、2021年11月13日(土)開催の「イオル自然体験会III〜クチャチセづくり体験会」があります。
申し込み締め切りは2021年11月2日(火)17時まで。
興味がある方は、平取町公式ウェブサイトを確認してください。

「アイヌ伝統料理」初体験

これまでアイヌ文化の本を読んだりネット情報を見るにつけ、いつか「食べてみたい!」と思っていた料理があります。それが「オハウ」。
モニターツアーでは、アイヌ料理ご膳ともいえるアイヌ料理尽くしのランチをいただき、念願の「オハウ」にも舌鼓を打ちました。

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▲ Ainu cuisine

いろいろな種類、色とりどりのアイヌ料理を前に最初は目で味わいました。
それから「イペアンロー!」(いただきます)。
写真の料理は以下の通りです。

  • ラタㇱケㇷ゚ (ラタシケプ/混ぜ煮:豆・かぼちゃとシケレペ〈キハダの実〉の煮物)
  • ぼりぼり(ならたけ)の漬物
  • チポルシエモ(すじこ入りイモ)
  • プクサ(ぎょうじゃにんにく)のキムチ
  • アマチェㇷ゚(アマチェプ/焼き魚)
  • コㇿコニ(コロコニ/ふき)
  • オクラ

「ラタシケプ」に入っている"シケㇾペ"(シケレペ)は、食感・味ともに煮物のアクセントに。
チプルシエモは、家庭によってはすじこを潰して混ぜ合わせるレシピもあるそうです。

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▲ Ainu cuisine " Ohau" that is soup with vegetables

汁物料理で、魚が入っているオハウは「チェㇷ゚オハウ」、今回いただいた肉のオハウは「カㇺオハウ」です。
地域によって魚がとれるところ、肉がとれるところ、または野菜のみのオハウなど、かつては地域によって手に入るものの違いでオハウの具が異なっていたそうです。
今回は、たまたま手に入ったということで、熊肉のオハウ!

ちなみに鹿肉の場合はユㇰオハウだそう。
最近は札幌市内でさえ熊が出没する北海道とはいえ、どこでも日常的に熊肉が手に入るわけではありません。
アイヌ伝統料理をいただくなかで、熊肉そのものも貴重な経験になりました。
オハウでいただいた熊肉は、鹿肉に比べてもあっさりしていてとても食べやすくおいしかったです。
スープそのものもダシが利いたやさしい味が体に染みわたるようでした。

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この日の主食は、「ヤㇺメシ」(栗イナキビごはん)のおにぎり。
シケレペファーム産"おぼろづき"に、敷地の森にたわわに実っている"栗"とイナキビをふんだんに入れたヤㇺメシもまた贅沢なご飯です。
栗は今シーズンの初物としてもいただきました。

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▲ Pancake made from frozen potato

そしてデザートもアイヌ伝統料理で。
「ペネエモ」(凍ったイモ)を使った"おやき"(今川焼)です。
ペネエモは、畑で凍ったりとけたりを繰り返しながら発酵したじゃがいもの保存食。
ペネエモは冷めると固くなりやすいとのことで、今回のペネイモスイーツは、冷めてもおいしく食べられるようおやき風にアレンジしたそう。

これがとてもおいしいのです。
作った方の料理の腕と、滋味いっぱいの食材でできたアイヌ伝統料理はどれも美味で、シケレペファーム産完熟トマトもたっぷりいただき、貴重な体験尽くしのランチでした。
個人的には、キハダの実をいただけたのも印象的な経験です。

平取町内では、アイヌ伝統料理を常時提供している飲食店はありませんが、イベント開催時や二風谷コタンなどでスポット的に提供することがあります。
平取町に訪れる機会があり伝統料理に興味がある方は、平取町観光協会に問い合わせてみてください。

二風谷でアイヌ文化を知る~平取町立二風谷アイヌ文化博物館

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▲ Bibutani Ainu Culture Museum in Biratori Town, Hokkaido

モニターツアーでの体験をご紹介してきましたが、「二風谷アイヌ文化博物館」へ行くと、アイヌ民族の伝統工芸や暮らしについて、より詳細に知ることができます。
博物館の独創的な外観は、建物全体が大きな「樹」を表し、博物館の所蔵品は、樹の根っこに隠された宝物、というコンセプトだそう。

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入館料は大人400円、小・中学生150円です。

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展示室には、アイヌ民族の伝統的な暮らしにまつわるさまざまなものが展示され、木彫刻の伝統工芸「イタ」もありました。
料理道具から裁縫道具・子供のおもちゃなど、細工が施された道具の数々はフォルムがとても美しく、博物館というより美術館にいるかのよう。

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▲ Tukipasuy, Ceremonial Libation Sticks

儀式に使われる儀礼具や装身具もまた美しく、アートな空間が広がっています。
写真↑は、フㇷ゚チャチセ作りをする前の儀式にも使用した捧酒箸「トゥキパスイ」のいろいろ。

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大きな丸木舟は、実際に乗ってみることもできます。

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二風谷アイヌ文化博物館では、見学のほか木彫り体験コースなどもあります(要事前予約)。
ぜひ、アイヌ伝統の品々を身近に見たり手にしたりしてみてください。
アイヌ伝統文化やその歴史を知るきっかけになると思います。

関連・参考サイト

\t【平取町立二風谷アイヌ文化博物館】・住所: 北海道沙流郡平取町二風谷55・TEL: 01457-2-2892・開館時間: 9:00~16:30・休館日: 冬期(11月16日~4月15日)のみ毎週月曜休館・URL: http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/

筆者

北海道特派員

市之宮 直子

小樽生まれ、江別育ち、札幌在住のフォトライター。三度の飯より北海道を撮ることが好きな道産子北海道Loverです。

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