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日本国内/滋賀特派員ブログ FUNAZUSHI-MARU

日本国内・滋賀特派員が現地から日本地域に至るまで、旅行・観光・食事などの現地最新情報をお伝えします。


水口の大池寺
滋賀はまだ梅雨入り宣言出ていませんが、週末が雨だと自転車乗りの私としてはちょっと悲しい...。 ですが、そんな今の時期だからこそ行ってみたい場所はないかと探していたら見つけました。


甲賀市・水口の「大池寺(だいちじ)」です。




こちらには「蓬莱庭園」というサツキの大刈り込み鑑賞式枯山水庭園があり、ちょうど今の時期がサツキの見頃とか...
ということで、行ってきました。


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大池寺は水口中心街より車で数分のところにあります。
この寺は高僧の行基菩薩が、日照りに悩む農民のために灌漑用水として「心」の字の形に4つの池を掘り、その中央に建てたものだそうです。


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この時期らしく、アジサイの花が出迎えてくれました。




まるで絵葉書のような蓬莱庭園

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拝観料400円を納めて建物の奥へと入ります。
入ってすぐの部屋からは江戸後期の作と言われる庭園があり、住職の説明やビデオでの解説が楽しめるようになっています。


そしてさらに奥へと入ったところには...


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サツキの濃いピンクに彩られた大刈り込みが横たわる庭園が、暗い室内の先に浮かび上がるように現れました!


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この庭園は江戸初期寛永年間に小堀遠州によって作られたものとされており、枯山水の白い波の上に浮かぶ七福神の乗った宝船を表しています。
部屋の縁で切り取られたように見える蓬莱庭園は大変見事で、まさに1枚の絵ハガキのよう。
福寿に溢れた大変ありがたい眺めでした!




甲賀三大仏と弁天池の

他にもいろいろ見どころが...


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甲賀市にある大池寺、櫟野寺、十楽寺の3つのお寺の大仏は「甲賀三大仏」 と呼ばれ、こちらのお寺の釈迦如来像は約八尺の大きさを誇ります。

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各所には散華が置いてあり、甲賀三大仏の散華ケースは100円を納めることでいただくことができます。


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お寺を出て右手には、弁天池がこちらも見頃を迎えたスイレンで埋め尽くされていました。
弁天池には「沈み鳥居」と言われる鳥居が、池の真ん中に佇んでいます。こんな景観もなかなか他では見られないのではないでしょうか?




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大池寺の蓬莱庭園は、四季を通じて様々な表情を見せてくれるそうなので、何度でも訪れたくなる場所ですね。




【臨済宗妙心寺派 大池寺】
〇場所:滋賀県甲賀市水口町名坂1168
〇TEL:0748-62-0396
〇HP:https://www.sunalix.co.jp/daichiji/
〇アクセス:
 (電車)JR草津線「貴生川駅」下車 甲賀コミュニティバス広野台線大池寺下車すぐ
 (車)新名神甲賀土山ICより約15分



 



2019年6月16日
甲賀忍者の里に広がる300の城址
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滋賀の名城と言えば「国宝・彦根城」 撮影:Funazushi-maru


滋賀のお城と言えば、「彦根城」・「安土城」・「長浜城」あたりが有名でしょう。歴史好きな人なら「佐和山城」も知っているかもしれません。
実はそれだけではありません。滋賀の城はなんと1300か所(滋賀県教育委員会調べ)もあるんです!
もちろんこれらの城のほとんどは天守閣などはなく、主に戦の際の砦などいわゆる山城址というもの。で、このうち約300か所もの城址が、忍者で有名な「甲賀市」にあるのです。


私の奥さんの仕事場に無類の城好きであるTさんという方がいらっしゃいまして、私も少なからず山城に興味がありましたのでTさんオススメの山城を紹介いただけることになりました!




日本遺産「甲賀郡中惣遺跡群」

今回Tさんにご紹介いただいたお城は、甲賀郡中惣遺跡群として国指定史跡となっている「新宮城」「新宮支城」「寺前城」「村雨城」「竹中城」の五城の内の4つの城址。
場所はどれも新名神高速道路の甲南パーキングから出てすぐのところです。
甲賀郡中惣とは…、それこそが忍者が生まれた秘密でもあります。

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まずは「村雨城」と「寺前城」から。
ぱっと見はタダの山。ですが、入り口には真新しい案内板が設置されています。この甲賀郡中惣の城址は2017年の春に、伊賀市や甲賀市に広がる忍びの里の構成要素として『日本遺産』に登録されました。


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村雨城主郭 撮影:Funazushi-maru


入り口からすぐに城のエリアが始まります。
恐らく城と聞くとよほどマニアックな方ではない限りなんらかの石垣程度は残っていると思われるでしょうが、ここにあるのは(土塁)と言われる土を四方に高く盛り上げたもの。写真でもよく見ないとわからないと思いますが、16世紀に作られた人工的な形状の起伏がこの周辺にはまだ沢山残っているのです。




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新宮城・新宮支城入り口 撮影:Funazushi-maru


続いて「新宮城・新宮支城」です。外からはわかりにくいですが、こちらも道路からすぐに山城へアクセスできます。


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新宮支城の巨大な土塁 撮影:Funazushi-maru


新宮支城の郭には高さ10mはある巨大な土塁が。ここまで高い壁に囲まれていると安心感もありますね。
しかしなぜこのような小規模の城が沢山あるかというと、それが甲賀郡中惣の答えになります。詳細はこちらのサイトを見ていただければよく分かりますよ。


日本遺産ポータル再サイト 忍びの里 伊賀・甲賀-リアル忍者を求めて-




忍者の会議所

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新宮神社の表門 撮影:Funazushi-maru


ということで、現在忍者と呼ばれている甲賀の地侍達は、それぞれの地域で合議制による自治を行っていたのです。そういった場として神社が主に使われていました。有名なところでは「油日神社」などがありますが、この新宮神社もそんな神社の一つ。小さな集落には似つかわしくないくらいの立派な茅葺の門が建っています。


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立派な太鼓橋がある「矢川神社」 撮影:Funazushi-maru


そこからJR草津線・甲南駅の近くに行くと、矢川という地域があり「矢川神社」という大きな神社があります。
こちらにも茅葺の大きな楼門があり、かつて甲賀郡中惣の参会があったと記録されます。




もしこの地を攻めようとした時、山の中に無数に存在しているこれらの小さな砦の奥から突然襲い掛かられたらひとたまりもありません。
まして攻める側はどこにどんな城が、どれだけあるのかも知らないのですから…。そして突然現れ、突然消えていく様はまさに忍者と呼べるものだったのでしょうね。山の中にカモフラージュされたこれらの山城址を見ると、そんな忍者の姿が想像できます。




【甲賀郡中惣遺跡群(寺前城・村雨城・新宮城・新宮支城)】
〇場所:滋賀県甲賀市甲南町新治
〇アクセス:
 JR草津線甲南駅~徒歩約20分)
 新名神甲南IC~県道132号線




2019年5月23日
誰もが知っている小野?
つい最近ですが、社会の教科書で有名な「仁徳天皇陵」を始めとした百舌鳥・古市古墳群がユネスコ諮問機関による世界遺産登録の勧告によって話題になっています。新元号となり天皇家への注目も集まる中、そのルーツでもある古墳にもスポットがあたりそうな気配…。


古墳と言えば、前述の大規模な古墳や奈良というイメージですが、滋賀の湖西地域も実は古墳だらけ。
現在の琵琶湖大橋の西詰にあたる地域に「小野」という地名があります。


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小野と言えばこちらも教科書で有名な「小野妹子」。遣隋使という言葉とセットで出てきますね。
小野はその小野妹子の出身地なのです。


妹子を生み出した小野という地域には小野一族縁の古墳や神社が沢山存在しています。歴史的に超有名な人物であるにも関わらず、滋賀県アルアルらしくマイナーな場所の「小野」。そんな小野の三神社に行ってみました。




小野妹子神社

現在の小野はいかにもニュータウンといった感じの整然と綺麗なお家が並ぶ丘陵地のベッドタウンです。そのニュータウンの中にこんもりと小高い丘が。


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この丘は「唐臼山古墳」という古墳。現在は崩れた石室の跡が残っているのみですが、これが小野妹子の墓だと伝わる場所なのです。


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唐臼山にはその名も「小野妹子神社」という、ストレートなネーミングの神社があります。

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鳥居を潜り、階段を登った先にひっそりと佇む神社が…。歴史の超有名人にしてはやたら控えめの祠ですが、そのあたりが滋賀らしいですね。


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丘には展望台もあり、なかなかの眺望ですよ。
妹子さんもここで近代的な街に囲まれ琵琶湖を望みながら眠っているとしたら、きっといい気分ではないでしょうかね。




小野道風神社

つづいては「小野道風神社」。小野妹子神社から約1㎞北へ進んだ場所にあります。


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小野妹子から時代は進み、平安時代中期の書家です。日本三大文筆の一人ということで、文筆の神様なんだそう。


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ちなみに小野道風さん、菓子の体系を創造されたそうで、菓子業の功績者に匠や司といった称号を与えることを許されていた方です。
よく老舗の和菓子屋さんの暖簾に菓匠とか菓子司なんて書かれたりしますが、そういった流れの源流になった人なんですね。




小野道風神社

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最後は「小野神社」。
小野道風神社からさらに850mほど北にあります。ここまで妹子、道風ときて、真打なのか「小野」神社と姓の部分のみの名前に。


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どうやらここが「小野氏」の氏神様のようですね。小野妹子の時に創建され、道風のお祖父さん「小野篁(たかむら)」の代の話は続日本紀にも記録されているそうです。祭神は「米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)」という名前に見えるように、餅作りの神様として、これまた和菓子業界の信仰を集めているそうです。


この小野篁という方、なかなか当時としてはロックな精神を持っていた方で、ご先祖様である小野妹子のように、遣唐副使に任命されたのですがこれを拒否。嵯峨天皇の怒りを買い、隠岐へと流されてしまったのです。その時に詠んだのが百人一首で有名な「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟」という歌(百人一首では参議篁という名前になっています)。超訳的にいうと、(釣り船の漁師よ、オレはいまから大海原を幾多の島々を潜り抜けて旅立つってヤルぜ!せいせいしてらって都の奴らに伝えろや)って感じでしょうか?


ちなみのこのロックな小野篁の孫とも娘とも伝わるのが、かの「小野小町」。


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こちらの神社には小野小町の石塔があります。お墓と言う訳ではないようですが…。
小野小町も「花の色は 移りにけりないたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」の歌が百人一首にありますね。
絶世の美女と言われた彼女は実のところ本当に存在したのかよくわからないところがあるそうです。和歌の作家名というのはペンネームだったりもするそうなので、どこまで実在の人なのかわからない場合は意外と多いそうですね。


小野一族の歴史が今も残る「小野」。ミステリアスな古の世界に踏み込んでみるのも面白いですよ。




【小野神社】
〇場所:大津市小野1961
〇TEL:大津市観光振興課 077-528-2756
〇アクセス:
 JR湖西線「和爾駅」下車 徒歩20分 





2019年5月19日
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    古より湖と街道の国だった近江。趣味の自転車で走るうち、そんな地元の魅力を再発見し日々ブログにて発信しています。東京から滋賀へと続く東海道・中山道は自転車で走破。五街道制覇が当面の目標です。守山市、草津市を中心に自転車で滋賀の魅力を届ける活動もしています!
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