真っ暗闇の中での新感覚ディナー「NOX」

公開日 : 2014年06月22日
最終更新 :

■まったく新しい食体験「ブラインドレストラン」とは?

本当の真っ暗闇の中で食事をした経験のある人は、どれくらいいらっしゃいますか?確かに、照明を落として、キャンドルの灯りで食事を楽しむような雰囲気のいいレストランは世界中いたるところにありますし、キャンプでランタンの灯りの中、バーベキューや飯盒炊さんを楽しんだ思い出のある方もいる事でしょう。でもそれは、目の5cm前にあるものがまったく見えないような、「真っ暗闇」とは少し違いますよね。

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今欧米などを中心に新しい流行を生み出しているのが、人間の五感の中の「視覚」を完全に遮断した中で食事をする、「ブランインドレストラン」。世界的に見てもまだまだその数は少ない、ブラインドレストランの名店が、実はシンガポールにあるのです。

■潜入! お店の中をのぞいてみると?

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そのレストランの名前は、NOX。新しい店が次々にオープンしている、ブギスエリアにあります。ブラインドレストランは初めて体験する私ですが、早速、行ってみました。ガラス張りのドアの中は、正面にカウンター、その横にソファースペースがあり、いたって普通の、小洒落たバーやラウンジのような雰囲気。ちょっと拍子抜けしましたが、これはあくまでも「ウェイティング」。宇宙旅行に行く前のステーションとでも言うべき場所です。

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まず、ここで、「ダイニングエリアが真っ暗であること」「携帯電話、時計、カメラなど、バックライトを含めて光の出るもの一切の持込が禁止」などの注意を伝えられます。持ち物は基本的に、鍵のかかるロッカーに入れ、リストバンド状の鍵を手首につけ、手ぶらでダイニングエリアへ。(何かを持ち込んで落としても見つけることは困難ですし、実際、真っ暗闇の中つまづいたりして危険です)。食事内容は前菜、メイン、デザートの3コース(88シンガポールドル)のみです。ダイニングエリアでは飲み物のメニューを見ることは困難なため、飲み物はウェイティングでオーダー。ワインや様々な種類のカクテルが楽しめます。お手洗いもウェイティングにあるため、あらかじめ済ませておいたほうが良いでしょう。

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■いざ出発! ダイニングエリアへ

そして、いざダイニングエリアへ。「準備はいいですか?」と聞かれて、ドアを開けると、そこには階段と、サングラス姿のにこやかな男性が。今回私たちのサービスを担当してくれるハリミさんです。ゆっくりと私たちの手を取って階段を上がってくれます。ウェイティング側のスタッフの「楽しんで来てくださいね」の言葉とともに、ドアが閉まると、階段は真っ暗に。薄暗い、のではなく、完全に真っ暗闇で、どこまで階段があるかすらわかりませんが、「これが最後の階段で、この先右に曲がりますよ」などと、適切にサポートしてくれます。実は、ダイニングエリアのサービスを担当しているのは、全員が視覚障がい者の方。「目が見えない」とという事が、ハンディーにならないこの場所では、手を取り案内する側と、案内される側が逆転するのです。そして、「ブラインドレストラン」の目的は、新しい食の感覚と出会うだけでなく、視覚障がい者の人の気持ちや生活を理解する事でもあるのだとか。

「右の方に手を伸ばしてみてください、ここに椅子があります。そしてその前にテーブルがありますね。これがあなた方の席です」

確かに、木製のテーブルと椅子があります。着席してしばらくすれば目が慣れてくるだろうと思いましたが、一向に見えてくる気配がありません。目を開けているのに真っ暗闇が広がっているという経験は初めてで、まるで闇そのものが重量を持って体の周りに押し寄せてくるような、不思議な存在感に圧倒されます。でも、これが目の見えない人が毎日感じている世界なんだな、と思いを巡らせつつ、食事が運ばれてくるのを待ちます。

■真っ暗闇での食事って?

「お待たせしました」

ハリミさんの柔らかい声とともに目の前にふわっと前菜がサーブされた気配がします。右手にあるというフォークとスプーンを手探りで見つけ出し、前菜、メイン、デザートともに、ひとつの大きなプレートに、12時、3時、6時、9時の方向に小さな器が載っているという説明を受けます。

「まずは6時から、時計回りに召し上がってください」

手探りでプレートの上を確認すると、確かに4つの小さな器があります。漂う美味しそうな香りは、トリュフでしょうか。

教わったとおりに、6時の方角の器を手に取り、スプーンで頂きます。しゃきしゃきした新鮮な野菜の歯ざわり、ほのかな苦味とコクは、ロケットかな、などと想像がふくらみます。また、一口食べるまでどんなものが入っているのか分からないのは、好奇心がくすぐられ、食に対するワクワク感が広がります。でも、一方で難しいのは、目が見えると全体を見て色々な食材をバランスよくスプーンですくうことができるのに、それが出来ないこと。9時の方角のお皿には私の大好物のフォワグラが載っていたのですが、一口で食べてしまい、その後はフォワグラは見つからず、他の食材とあわせてフォワグラを食べたかったな、と、小さな後悔が残りました。ちなみに、食べるまで何が入っているか分かりませんが、アレルギーのある方は事前に伝えておくと対応してもらえます。また、何か聞きたいことがあったり困った時には、サービスの担当者の名前を呼べば、すぐ来てもらえます。

(ちなみに、こちらが頂いた前菜の種明かしです。もちろん、食べている間は何も見えません)

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前菜が終わる頃になると、嗅覚がとても鋭くなっていることに気づきます。メインの皿が運ばれて来る事がまず香りで分かります。バジルとガーリックの香りがふんわりと漂うのは、ジェノベーゼソースが使われているのかな?と想像しつつ口に入れると、不思議な食感(後で、エスカルゴと分かりました)。サービスのハリミさんを交えつつ、何が使われているのか、同行者とのおしゃべりも弾みます。

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そして、最後はデザート。酸味の強いパッションフルーツを使ったものからスタートして、濃厚なダークチョコレートの味で締めくくる、計算された流れのものでした。

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どうしても、珍しい「暗闇での食体験」に焦点を当ててしまいますが、ちなみに、こちらのDesmond Lee(デズモンド・リー)シェフは、ロンドンの三ツ星レストラン、ゴードン・ラムゼイでキャリアを重ねた他、ワールドグルメサミットでも何度も受賞している実力派で、味も確かです。

個人的には、牡蠣とピーナッツバター、チリソースを使ったエスニックな前菜と、デザートの赤ワイン漬けイチゴとバニラアイスクリームの取り合わせが気に入りました。

こうして、前菜、メイン、デザートと12皿を味わい、食べ終わった旨を伝えると、再度ハリミさんに手を引かれて階下へ。下の扉が開いて、明るい光が見えた時は、「帰って来た」というような気分になり、やはりすごくほっとしました。

■食べたもの、覚えていますか?

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ウェイティングのラウンジに戻ると、一枚の紙が渡されます。食べたものを覚えていますか?という質問シートです。食いしん坊なため、食べたものを忘れると言う事が基本的にない私ですが、思い出すのにびっくりするほど時間がかかり、印象の薄かったメニューの中には何と、思い出せないものも。逆に、味が気に入ったメニューに関しては、香りや食感、例えばクリームのテクスチャーに至るまで、しっかりと思い出せます。視覚が、食に与える影響の大きさに驚きました。

書き終わると、ウェイティングのスタッフの方がiPadを持ってやって来て、食べたものの写真を見せてくれ「答え合わせ」。意外と当てられた方かな?と思いますが、牛タンが柔らかいイカに感じられたりと、全く違うものと間違えてしまったものがいくつかありました。

他のお客さんからも、あちこちで、「え?そうだったの?」や、「全然分からなかった」という驚きの声が上がっていました。

■五感ならぬ、四感を刺激するメニューの数々

ちなみに、今回のメニューをご紹介します。

【前菜】

6時 - ロケットとトマト、パルマハムのサラダトリュフドレッシング

9時 - フォワグラとアーティーチョーク、レーズンと松の実

12時 - 牡蠣のフライ、ピーナッツバターとタイ風チリソース添え

3時 - 牛タンとクルトン、ケッパーと卵、ピクルスのソース

【メイン】

6時 - エスカルゴのペンネ、ジェノベーゼソース

9時 - 真空調理したサーモンのワイルドマッシュルームのラグー、トリュフ添え

12時 - 和牛とホワイトアスパラ、枝豆のベアルネーズソース(澄ましバターと卵黄、ハーブのソース)

3時 - クリスピーナ豚バラ肉とキムチ

【デザート】

6時 - パッションフルーツと柚子のソルべ

9時 - ブランデーチェリー入りのティラミス

12時 - 赤ワイン漬けのイチゴとバニラアイスクリーム

3時 - ダークチョコレートのガナッシュ、ピーナッツバター、キャラメリゼしたバナナ

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ちなみに、メニューは4~6週間毎に変わり、常に驚きを演出するようにしているとか。このメニューも、この記事を書いている6月22日現在、既に変更されて新しいものに変わっています。

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そして、一番印象的だったのは、案内してくれたハリミさんが、帰り際、ちょっとした待ち時間に話してくれた事。 実はハリミさんは、視力を失う10年前までの10年間、シンガポール航空のキャビンクルーとして世界中を飛び回っていたと言います。真っ暗な中でも、まるでセンサーがついているように、ひときわ軽やかに動くスムーズなサービスと気配りは、そのキャリアを通じて培われたものでもあるのでしょう。ハリミさんは、目が見えなくなって、辛かったけれど、後ろを振り返る事はしない、と言います。「目の見える人は、バックミラーのついた車を運転しているようなもの。後ろを見て振り返る事ができるでしょう。でも、私たち視覚障がい者には、バックミラーはついていません。前を向いて生きていくしかないんですよ。」押し付けがましくなく、ふと漏らした言葉だけに、逆に心に残りました。

普通の食事とは全く違う、サプライズ感あふれる、そしてちょっと考えさせられるレストラン体験。ぜひ気心の知れた方と訪れてみてください。

<DATA>

住所:269, Beach Road Singapore 199546

電話: +65 6298 0708

営業時間:18:00~22:00LO(団体の場合ランチ応相談) 無休 

アクセス:MRTブギス駅から徒歩7分ほど

筆者

シンガポール特派員

仲山今日子

趣味は海外秘境旅行、現在約50カ国更新中。

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