伝統を革新へ、はし田&Grace Wine コラボレーションディナー!

公開日 : 2016年12月15日
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シンガポールを始め、東南アジア各地で見られているテレビ局、Channel News Asia で放送されている食のドキュメンタリー、"Food Heroes"で、シンガポールを代表する「食のヒーロー」として一流シェフやレストラン経営者ら8人が特集されましたが、その中で日本人として唯一選ばれた、はし田の橋田建二郎さん。東京・勝どき(現在改装中)と、オーチャードのマンダリンギャラリーにある寿司店、はし田の2代目です。

そんなはし田と、山梨県にあるワイナリー、グレイスワイン(中央葡萄酒)とのコラボレーションが行われました。グレイスワインは、ロンドンで行われたデキャンタ・ワールド・ワイン・アワーズでプラチナ賞、ベストアジア賞をはじめ、数々の賞を受賞するなど、国産ワインの名を世界に知らしめている、気鋭のワイナリー。

中でも、グレイス・エクストラ・ブリュット2011はプラチナ賞、ベストアジア賞を受賞した上、生産量が1400本と、ごく限られた本数しか作られていないため、とても貴重なワインとなっています。私も実は山梨のテレビ局で働いている時に、取材や中継でとてもお世話になったワイナリー。受賞の知らせを聞いて、とても嬉しかったのを覚えています。

そんなグレイスワインの輝かしい実績の立役者でもある、5代目で取締役兼栽培醸造部長の三澤彩奈さんが受賞ワインを中心に、貴重なワインをこの日のために特別に用意してくれました。ちなみに、橋田さんと三澤さんは、6年ほど前に出会い、今回が2回目のコラボレーションだとか。

シンガポール人の食通たちで、二つの個室は、満席の盛況ぶり。新しくできた個室は、竹を使ったインテリアが美しく、S字を横にしたような形のカウンターは、端が対面になっており、カウンターの雰囲気を楽しみつつ、グループでの会話が楽しめるようになっています。この日は、誕生日を記念しての食事会を兼ねた集まりでした。

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お二人が英語で挨拶。笑顔あふれるスタートです。

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まずは、1400本しか作っていないという、希少なグレイス・エクストラ・ブリュットで乾杯。家族で働くことに憧れがあって、自然に醸造家の道を選んだ、という三澤さん。ボルドー大学で醸造学を学んだほか、ニューワールドを含めた世界各地のワイン造りを9年間かけて学んだそう。2008年から醸造責任者を勤めています。そんな三澤さんによると、この年はとても涼しい年で、酸が綺麗に出ているのが特徴だとか。2002年に、日照時間日本一という、山梨県明野村に作った自社葡萄農園で獲れた、シャルドネ100%のブラン・ド・ブラン。フレンチオークの樽を使い、本場フランスのシャンパン造りをそのまま取り入れた製法です。

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確かに、ふんわりと香る優しいイーストの香り、柑橘類を思わせる生き生きとした味わい、酸の余韻が長く、上品なスパークリング。

「シャンパンとはまた違う、泡が細やかで、独特の柔らかみのあるスパークリングを作ろうと思って」と三澤さん。

葡萄は手摘み、そして澱を落とすのも、全て手作業で行われています。「一本一本の状態を見て、いつ次の段階に移すかを決める。本数を増やすことはできないし、そのつもりもない。日本人だからこそできる、実直で丁寧な仕事を生かしたワイン造りをしていきたい」と語ります。

そんな細部まで気を配った細かい仕事が、毎年数々の賞を受賞していることにつながっているのでしょう。

3年間瓶内熟成して、出荷されるこのスパークリングワインは、2011年分はほぼ売り切れで、2012年が今発売中なのだとか。そんな貴重な2011年ヴィンテージを、特別にこのコラボレーションディナーのために持ってきたのだそう。

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そして、こちらに合わせた一皿目が、季節感たっぷりの前菜の盛り合わせ。

手前左から、カニの身だけを詰め込んだ上品なコロッケ、そして、特製のソースに漬け込んだ、シグネチャーのあん肝。タレは、橋田さんの父がそのまた師匠から受け継いだという、135年間継ぎ足し継ぎ足しで作られているという穴子のタレがベースになっています。シンガポールに店を初めてオープンする時に、大切に運んできたタレ。親子とはいえ、最初厨房に入った時には、一年間掃除しかさせてもらえず、魚に触れることすらできなかった、というほど厳しかった父が、一番最後に橋田さんに教えてくれたのが、このタレの作り方だったと言います。父から子への、免許皆伝の印とも言えるような、思い出深いタレなのだそう。後ろには、アマダイの松笠焼きと生のザーサイ、そして、その横にはなんと穴子とチョコレート、林檎のパイ。びっくりするような組み合わせですが、生姜を少し入れたという、甘辛味のチョコレートと穴子が、違和感なく溶け込み、前に置かれたあん肝の甘辛具合と濃厚なクリーミーさに、重層的に重なります。サクサクした食感のザーサイの程よい塩気と、自然な甘みのカニコロッケが軽やかなコンビネーション。

左側のさっぱりとした組み合わせは、シャルドネの柑橘類を思わせる味わいとマッチ、サクサクとした食感が、泡の印象と重なり、軽やかなスタートに。

右のチョコレートパイやあん肝が、甘い香りと味のボディをプラス、スパークリングのすっきりした酸の部分が料理のコクに切れ味を与えるというバランス。

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続いては、温かい一皿、ローカルフードにインスピレーションを得たという、自家製フィッシュヌードル。98%が魚で、残り2%は小麦粉と卵白で繋いでいるそう。合わせ出汁のカツオのほのかな酸味が、スパークリングの酸と重なる印象のペアリング。クリーミーなウニと、白身の魚。日本の魚の繊細な味わいが、ほのかに樽の印象のある繊細な日本らしいスパークリングとよく合います。どちらも、ガツンとした強い印象ではなく、優しく穏やかな水彩絵の具を重ねたような、柔らかな雰囲気です。

「カツオ出汁も昆布出汁も、お出汁とグレイスの白ワインは合うんです。特に和食に合うワインづくりをしている訳ではないのですが、我が家では、肉じゃがに料理酒の代わりに白ワインを使ったりと、和食とワインを合わせるのが自然に行われていて、私も和食が大好きだから、こういう風に和食と上手に合わせてもらえると、とっても嬉しいんです」と三澤さん。

続いては、2013年のカベルネフラン。「暑かった年で、本来このワインはセカンドラインなのですが、ファーストラインのキュヴェ三澤に入れようと思っていた葡萄を、全部このワインに入れたんです。だから、思い入れの深いワインでもあります」と三澤さん。

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まずは、スモークのような香りがふんわり。それから、カベルネらしい、青ピーマンの香りがありつつ、タンニンはまろやか。最後に、ほんのりと苺やベリーのキャンディのような、バニラの雰囲気もある甘い残り香があります。

「実はもうこのワインは売り切れてしまっていて市場にはないのですが、まだあと5年は飲めますね。ヨーロッパの銘醸ワインと同じように、長く熟成して美味しく飲めるワインを作っていきたいと思っています」と三澤さん。人気のため売り切れになってしまうことが多いグレイスワインですが、多めに買っておいて、大切な日に備えて自宅のセラーで寝かせておく、そんな楽しみ方もできそうです。

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こちらのカベルネフランに橋田さんが合わせたのが、日本の米藁でスモークした、カツオの一皿。スモーキーなワインに、スモークの香りを合わせて。通常はイチジクと組み合わせて提供している一皿ですが、ワインのベリーの味わいを生かすために、すっきりとしたフルーツトマトをカツオの下に入れています。カツオは、3年間にんにくを漬け込んだ醤油と、ポン酢を合わせたタレに漬け込んであり、しっとりとした身の滑らかさが、スムースなタンニンともよく合い、赤身の鉄分がカベルネのベリーの印象、深みのある味わいと重なります。フルーツトマトの果実感、そしてシャキシャキしたきゅうりの瑞々しさで、軽く仕上げています。

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そして、ここでこのカベルネフランを、「ちょっと持ってきて」とサービススタッフに声をかけたと思ったら、切りつけてあった寿司ネタのマグロの赤身の漬けに加えます。カウンターならではのライブ感に、この後のお寿司のコースがますます楽しみになります。

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お造りには、グリド甲州を。グレー(Gris、灰色)という意味のネーミングは、ピンク色の果皮の甲州種を指すもの。その魅力を生かした飲みやすいワインです。

「ここで、口の中をすっきりさせて、スモークの香りや味わいを一旦リセットしてほしいと思って」と橋田さん。

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山梨に1000年以上昔から伝わる伝統品種の甲州。ヨーロッパの葡萄品種が伝わる前は、山梨のワインは、主に甲州で作られていました。グレイスワインの5代目に当たる三澤さんも、甲州には特に思い入れがあり、「祖父も父も、この葡萄でワインを作ってきました。自分たちの葡萄、という意識がとてもあります。だから、甲州のワインを出品するときは、自分自身が評価されるような、そんな緊張感を持っていつも出しています」と語るほど。山梨の古名に由来する品種名、甲州。日本を代表する独自品種であり、山梨のワイン造りとは切っても切れない縁があります。

実際に、こちらのワインは2015年のデキャンタ・アジア・ワイン・アワーズで、単一品種の賞、ホワイト・シングル・バラエティでトップの賞をとり、甲州種としては、初めて国際大会での受賞を果たします。このコンクールで優勝することで注目が集まり、最近ではオーストラリアやチリから、「甲州種を栽培したい」という声が上がっているのだとか。「自分たちのワインさえよければ、それでいい、とは思っていません。日本のワイン造りや、甲州種の素晴らしさが、もっと世界に広まってほしい、そんな思いで造っています。日本のワインは、どうしても国内消費で終わってしまいがちですが、世界に出さないと、日本でワイン造りを行なっていて、こんなに素晴らしいワインがたくさんあることを知ってもらえないから」と三澤さんは語ります。

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そんな思いのこもった甲州のワインに橋田さんが合わせた刺身は、歯に吸い付くような肉質の新鮮な水タコ、ホタテのような甘みのあるカレイ。北海道産のボタンエビはとっても滑らかで、濃厚な味わいです。炙った金目鯛、そして、キメの細かい絶品の中トロ。生き生きとした酸の甲州種と、寒さで脂の乗った豊かな魚の味わい。特に、刺身ならではの繊細な味わいの中トロの脂の部分と微かな酸味と、この甲州種の組み合わせがとても好みでした。

ここからがいよいよお寿司。

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美しいバラ色の、グレイスロゼと合わせて。明野村の自社農場で100%育てられた、メルロー、カベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドで造ったロゼワインです。

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グレイスロゼは、ふんわりと香る、香ばしいトースト香が特徴。この香りに合わせて、橋田さんはなんと、酒米をローストしてから塩と混ぜた特製の塩を用意。むっちりとしたイカに振りかけて提供します。煎餅のような、和の香ばしさが漂う中に、ほのかなベリーのニュアンス、最後に残る樽由来の上品なバニラの香りの余韻が、イカの甘みに寄り添います。

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続いては、程よい熟成感の鯛。今度は、グレイスワインのプレステージライン、キュヴェ三澤の明野甲州。デキャンタ・ワールド・ワイン・アワーズで金賞を取った逸品です。こちらも、トーストしたような香りがあり、後味に柚子のような、柑橘系の余韻が残ります。白身魚だからこそよくわかる、はし田独自の、塩も酸味も米の香りも控えめなシャリのデリケートなバランスが、鯛の繊細な味を引き立てます。角がなくまろやかな、こだわりの酢は、日本から空輸しているのだそう。そのシャリの酸味を後押しするような、キュヴェ三澤のすっきりとした酸が、全体を引き締めるようなバランスの組み合わせです。「お寿司を食べる時、特に白身魚やイカを食べるときは、酸のない日本酒よりも、きりっとした酸のある甲州を合わせたくなるんです」という三澤さんのお話にも納得。

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そして、先ほどカベルネフランと共に漬け込んだ赤身。「ここからは、ロゼとキュヴェ三澤、自由に合わせてください」との事だったので、こちらは、ロゼに合わせて。

カベルネフランと共に漬け込んだ赤身は、脂の部分の香りに、ほのかにキャンディーやバニラ、ベリーの印象が残り、赤身の香りに、フルーツ由来のまろやかさが加わっています。ロゼワインのベリーの香りが重なり、よりまろやかさを強めているような組み合わせでした。

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煮蛤はタレが甘すぎず、噛めば噛むほど蛤の旨味が溢れ出ます。素材本来の持ち味を生かしたベタつかず上品な味は、切れ味のいいグレイスのワインとマッチしています。とはいえ、醤油を使ったやや甘めのタレなので、ロゼと合わせました。醤油の香ばしさとみりんの甘みに、フルーティなロゼワイン、というのも意外な相性の良さでした。

皮を軽く炙ったカマスは、香ばしさがロゼにもキュヴェ三澤甲州にもぴったり。こちらは私はよりきりっとした印象の甲州でいただきました。

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最後の小さなウニイクラ丼。

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イクラは、ギリギリまで塩分を控え、とってもとっても贅沢な卵かけごはんを食べているような、ウニとイクラのまろやかさを最大限に感じる自然な味わい。

三澤さんも個人的に大好きだという、お吸い物と甲州の組み合わせ。

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「樽を使わず、葡萄の味をそのまま生かすことで、土地の持つ独自性、テロワールを追求したい」と造られたキュヴェ三澤明野甲州。火山灰質の明野村の水はけの良い土壌、標高が高く、日照時間日本一という、日差しがあり冷涼な気候。柔らかで透き通った味わいは、和食にぴったり。

北海道の白貝を使った上品な出汁に、どこか野生的な大地の香りの残る人参や、ネギを入れたお吸い物は、そんな大地の味を感じて欲しい、という三澤さんの思いを汲み取ったような素敵な組み合わせでした。

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そして、最後はシグネチャーの大トロ。

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脂の具合を見ながら、大トロの塊からベストなバランスになるように少しづつスライスし、それをミルフィーユのように重ねていきます。シャリを包むような大トロが口の中で溶けていき、ふんわりとしたクリーミーさが後味に残ります。表面に塗ったタレの穏やかな甘みの奥から、自然なトロの旨味とほのかな酸味、脂の旨味が溢れ出てきます。

デザートは、柚子餡が入った麩饅頭と栗きんとん。

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この栗は、愛媛産の和栗で、砂糖を入れていないのにとっても甘いのが特徴。中にほうじ茶のブラマンジェを入れてあり、パサつかず香ばしさあふれる仕上がりになっています。遠く築地から魚を送ってくる問屋さんに、折に触れて顔を出し、信頼関係を築くようにしているという橋田さん。その情熱は、魚だけに留まりません。実は、この栗の生産者の方に、栗を送ってもらうようになるまでに、8ヶ月もかけて、自身の料理スタイルを説明するなど、粘り強く交渉を続けたのだとか。

「いきなり最初からワインと寿司を組み合わせるのではなく、ワインと自然に馴染む焼き物でスタートして流れを作った」と橋田さんが語る今回のペアリング、通常の寿司を超えた新しいコース構成とメニュー作りで多くの国の人を魅了する橋田さんと、自社農園での葡萄作りに始まり、世界に通用するワインを生み出す醸造家として、また、日本のワインの魅力を広める伝道師として、シンガポール、ロンドン、香港など、世界を飛び回る三澤さん。伝統に根ざしつつ、日本のこれまでの「当たり前」を超えて、新境地を切り開く二人によるコラボレーションは、新しい時代の到来を感じさせるものでした。

お客様からも質問にも丁寧に答え、日本の食材や生産物、食文化を、シンガポールの人たちにわかってもらいたい。そんな思いを持ったお二人ならではのおもてなしの心がたっぷり詰まった会となりました。

"Food Heroes"の放映の影響で、最近はシンガポール以外からも国境を越えて食べに来るお客様も増えてきているというはし田では、これからも様々なコラボレーションを予定しているそうです。詳しくは、ウェブサイトをチェックしてみて下さいね!

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営業時間:ランチ 12:00~15:00、ディナー 19:00~22:00(月曜休み)

住所:333A Orchard Road, #04-16 Mandarin Gallery, Singapore 238897

電話:+65 6733 2114

アクセス:MRTサマセット駅徒歩5分

筆者

シンガポール特派員

仲山今日子

趣味は海外秘境旅行、現在約50カ国更新中。

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