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フランス/トゥルコアン特派員ブログ 冠ゆき

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2014年11月23日

No.39【コラム】昨日のエリート、今日の戦犯:レジスタンス弾圧事件「覚えておくことの義務」


No.39【コラム】昨日のエリート、今日の戦犯:レジスタンス弾圧事件「覚えておくことの義務」

 前稿No.38【コラム】 に書いたように、レジスタンス活動家によるサボタージュや破壊運動、武力抵抗は、ドイツ軍を大いに悩まし、その報復は、時に苛烈なものであった。

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テロ活動への報復として五人の捕虜を銃殺したと告げる張り紙

 中でも避けて通れないのは、リモージュ近くで起こったオラドゥール・シュル・グラヌの虐殺事件である。1944年6月10日、この村では、ほぼ住民全員にあたる642人が殺された。男はみなまとめて銃殺され、女子供は教会に閉じ込められて、火を放たれた。一説には、毒ガスの使用もあったといわれている。


 6月10日といえば、連合軍のノルマンディー上陸から三日後。パリ解放へと向かっている最中のできごとであった。


 現在、この村は、廃墟のまま保存されており、1999年には、この場を巡礼に訪れる人々のためにメモリアルセンター が開設された。


 実は、リールのすぐ郊外にあたるアスクでも、同じように何の罪もない市民が虐殺される事件があった。それはオラドゥール虐殺事件を遡ること二ヶ月、1944年4月1日夜のことであった。

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記念碑


 アスク(Ascq)には、ブリュッセルとリールをつなぐ主要線路が通っており、その線路は、たびたびサボタージュの対象とされた。

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当時の線路図


 この日も、ドイツの貨物車が通るという情報を得て、レジスタンス活動家たちは爆発物を仕掛けたのだった。しかし、急な変更により、実際にそこを通ったのは、貨物車ではなく、第12 SS装甲師団であった。怪我人も出ず、車両もほとんど被害がなかったにも拘わらず、第12 SS師団の怒りは激しく、その場で熾烈な報復に出た。村の住人のうち15歳から50歳の男を引っ立て、皆殺しにしたのである。亡くなったのは86名。15歳から75歳の男性で、アスクの司祭も含まれていた。


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サボタージュが行われた線路


 その二ヵ月後の1944年6月7日には、この爆発事件に関わったとして逮捕されたレジスタンス活動家6人もスクラン城塞で銃殺された。

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アスクのレジスタンス活動家:銃殺された6人とダッハウ強制収容所で亡くなった1人


 この事件について、公式メディアはだんまりを決め込んだが、地下組織の新聞はもちろん記事を載せた。BBCのラジオ・ロンドル(No.29 【コラム】秋の日のヴィオロンの..:もう一つの物語
参照)でも、ジャーナリストでもあったレジスタンス活動家モーリス・シューマンが、この事件を糾弾した。


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モーリス・シューマン


 ついでながら、その後政治家としても大きな業績を残したモーリス・シューマンは、亡くなる前年の1997年には、No.38【コラム】 で紹介したボンデュの「レジスタンス博物館」開館に際してスピーチを行っている。


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レジスタンス博物館開館式典記念の石版、モーリス・シューマンの名前も見られる


 現在、この悲劇のあったアスク駅近くには、「覚えておくことの義務」を果たすべく、アスク記念館 が建てられている。意外なことに、この記念館にある展示は、「悪者ドイツ対被害者フランス」という一方通行のものではない。第一次世界大戦以前のアスクの状況から始まって、二つの大戦をどのように人々が生きてきたのかを、客観的に分かりやすく説明しているものだ。


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アスク記念館


 第12 SS装甲師団は、ヒトラー青少年団から成っていた。ナチスドイツは、1936年の法律により10-18歳の青少年全員に、団体への加盟を義務付けた。

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ヒトラー青少年団のポスター


 彼らは、週に二度集まり、列を組んだり、軍事教練を受けたりした。第12 SS装甲師団のメンバーは、全員がヒトラー青少年団から選抜された者で、多くは1926年生まれだった。

 言い換えるなら、虐殺を行った当時、彼らの年齢は、16歳―18歳でしかなかったのだ。

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ベルギーで行われた第12 SS師団の宣誓儀式


 1933年には、すでにドイツの教師は下のような宣誓を強制されたという。

 「アドルフ・ヒトラーに誓います。あなたの思想、あなたの主義を、ドイツ人の若者の頭に叩き込んで教育します。われわれは客観主義者ではなく、ドイツ人です。ドイツ民族にとって有用でないものは、すべて正しくないものです」。


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ニュレンベルグのスタジアムに入るヒトラーと、それを迎える青少年(1938年)


 SS師団を擁護するつもりはさらさらないが、1926年のドイツに生まれた子供たちに、他のどんな選択肢があっただろうか。洗脳の怖ろしさ、罪深さを感じずにはいられない。

 戦後、1948年9月15日にフランスで可決された「アスク・オラドゥール」法は、「SS師団のメンバーは、誰しもその師団の成した罪の責任を負う」ということを定めたものだった。

 しかし、1953年に開かれた前述のオラドゥール虐殺事件についての裁判で、その実行に関わったSS師団に13人のマルグレヌ(第二次世界大戦中、占領ドイツに徴兵され、ドイツ兵として戦ったアルザス人、モーゼル人を指す。)が含まれていたことが分かり、この「アスク・オラドゥール」法は、1953年1月無効とされた。


 これもまた、世界が白と黒だけで出来ているわけではないことの例であろう。


 話が前後するが、上述のアスク虐殺事件の数日後、4月5日に行われた葬儀には、1万5000人から2万人が集まったという。ミサは、当時のリールの司教が行った。

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葬儀に集まった人々


 実は、私の20年来の友人は、アスク虐殺事件で、伯父と従兄を亡くした。まだ子供であった彼は、母親に連れられて、遺体にお別れを告げに行ったという。戦中のことに関してはとりわけ口の重い友人だが、"今もなお、痛みを伴うその記憶を忘れることはない"と、一度だけこぼれ落ちる言葉を聞いた。


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アスク墓地


 アスクと、その近隣のアナップ、フレールが合併されて、一つの町となったのは1970年のことである。86人の犠牲者への敬意を表し、この町が、「新しいアスクの町」=ヴィルヌーヴダスクと名づけられたことを、言い添えておきたい。

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今までのコラムはこちらからご覧いただけます。
No.6【コラム】1914-1944-2014:その壱
No.9【コラム】1914-1944-2014:その弐
No.13【コラム】或る一兵士の記録―100年目の命日に
No.20【コラム】ナチスドイツが夢のあと:「大西洋の壁」
No.29 【コラム】秋の日のヴィオロンの..:もう一つの物語
No.30【コラム】トゥルコアンがドイツだったころを体現する博物館
No.38【コラム】昨日の奸賊、今日の英雄:レジスタンス活動家

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    トゥルコアン特派員
    冠ゆき
    山田流箏曲名取。1994年より渡仏。大学院での研究の傍ら、大学や専門学校で日本語日本文化講師を勤める。2000年より、ポーランド、イタリア、中国の生活を経た後、2013年フランスに戻る。旅好きでもあり、今までに訪れた国は約40ヵ国。6ヵ国語を解する能力と多様な文化に身をおいてきた経験を活かし、柔軟かつ相対的視点から、フランスと世界のあれこれを切り取り日本に紹介中。
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