No.84【コラム】フランスの善意を呼び起こした人:ピエール神父とエマウス協会
戦後まだ10年も経たない1954年。フランスは、年頭から非常に厳しい寒波に襲われた。気温は連日-10度を下回り、アルザスの一部では、-30度を記録。
そんな中の2月1日、現ラジオ局RTLの前身となるラジオ・リュクサンブールで流れたのが通称ピエール神父のスピーチである。
『友よ、どうぞ助けて欲しい。ついさっき、真夜中の3時に、セバストポル通りの歩道で、一人の女性が凍え死んだ(...)』
という言葉で始まるこのスピーチは、簡潔にわかりやすい言葉で、路上生活者たちの苦境を訴え、具体的な援助を求める内容である。
このスピーチは、驚くほどの反響を呼んだ。
数字にすれば、5億フランスフランが集まったのだ。莫大な額である。そのうち、200万フランスフランは、俳優チャーリー・チャップリンが寄付したもので、その際に『(このお金は)与えるのではない。返すのだ。』という言葉を残している。
また、家主が冬の間に借家人を追い出すことを禁ずる法律が、フランスに生まれたのも、このスピーチとその反響の影響によるものである。
フランスの善意を広く深く呼び起こしたこのスピーチを行ったのは、通称ピエール神父。
「通称」とつけたのは、これが彼の本名でも宗教名でもないからである。
1912年、リヨンの裕福な中産階級に生まれた彼は、十六の時、ローマで天啓を得たという。その後、フランシスコ会を経て、1938年、二十六で神父となった。しかし、聖職者といえども、戦争からは逃れられず、1939年には下士官として召集される。
そうして、この第二次世界大戦中、彼はレジスタンス活動を行うことになる。1943年には、ド・ゴール将軍の一番下の弟とその妻を、スイスに逃す手助けをしているし、地下組織マキ(No.38 を参照)創設にも加わり、自ら一団のリーダーともなっている。
「ピエール神父」という仮名は、この頃使い始めたものである。
1944年には、一旦ドイツ軍に拘束されたが、釈放後、スペインからジブラルタルを越え、アルジェリアのアルジェでド・ゴール将軍と合流。従軍司祭として海軍に務めた。
戦後、ごくわずかな期間、議員としての活動も行った。その時手にした手当てなどの私財をことごとく投じて、1949年に始めたのがエマウス運動である。
一言で言えば、主に居住場所のないもののために、回収した不要品を用いて、共同生活の場を作るという活動であった。
ついでながら、エマウスという名は、新約聖書ルカによる福音24-13に出てくる地名からとられたものである。
上述の1954年2月1日のスピーチにより、エマウス運動の存在も広く知られるようになり、同年にはエマウス協会が立てられた。エマウス協会はその後も発展を続けており、その活動の場は世界に広がっている。フランスでも全地域で広く見ることができる。
エマウスは、使用可能な不要品を広く集め、選別し、必要な場合は修理もして売っている。本や衣類、食器類はもちろんのこと、電化製品、家具なども多く置いてあり、中にはかなりの値打ち品もあるようだが、大変安価に買うことが出来るので、売り出し日には多くの人でにぎわう場所でもある。蚤の市を想像してもらえばよいのではないかと思う。
働いているのは、ヴォランティアのメンバーと、エマウス内で共同生活を営む人々で、収益はすべて、厳しい環境に生活する人々のために充てられている。
ピエール神父は、2007年、九十四で亡くなるまで、路上生活者のために戦い続けた。
『ずっと、早死にできますようにと神に祈ってきたんだけれどね。どうやら失敗したようだね』というユーモア溢れる言葉は晩年のものだ。
自らの死を語るとき、それを『ヴァカンス』と呼んだピエール神父。今は、空の上で、ようやく過ごせるヴァカンスを楽しんでいるだろうか。
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これまでのコラムは下からご覧いただけます。
No.39【コラム】昨日のエリート、今日の戦犯:レジスタンス弾圧事件「覚えておくことの義務」
No.56【コラム】フランス地方紙La Voix du Nord(北の声):非合法新聞の躍進
筆者
フランス特派員
冠 ゆき
1994年より海外生活。これでに訪れた国は約40ヵ国。フランスと世界のあれこれを切り取り日本に紹介しています。
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