キリストが最後の晩餐で使った聖杯

公開日 : 2012年11月21日
最終更新 :

カトリック教会では、イエス・キリストや聖母マリア、聖人たちの遺骸や遺品を聖遺物と呼んでいます。

イエス・キリストゆかりの聖遺物は、磔刑に使われた聖十字架や聖釘、聖槍のほか、最後の晩餐で

使用された聖杯、亡骸を包んだ聖骸布。但し、それぞれ世界中にいくつも存在しているようです。

たとえば、聖釘は30本くらいあるとか・・・。

そんなキリストゆかりの聖遺物の中で、バチカンが認めた聖杯がバレンシアの大聖堂の中でもひときわ

厳かな礼拝室に保管されています。高さ7cmのめのうでできたこの聖杯は、考古学者により1世紀頃に

エジプト~シリア~パレスチナあたりで作られたものだと推定されています。なんと、時間的にも

場所的にも"最後の晩餐"に一致するではありませんか! (柄のついた金の台座は後世につくられたもの。)

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<ゴシック様式の厳かな聖杯礼拝室>

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<二重のガラスの向こうに鎮座する聖なる杯>

先のローマ法王ヨハネ・パウロ2世と現法王ベネディクト16世がバレンシアでミサを執り行った際は、

この聖杯を使用しました。

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<礼拝室のステンドグラス>

今から2000年近く前の最後の晩餐の後、この聖杯は使徒のひとりであり初代ローマ法王と

みなされているペトロがローマへ運び、初期のローマ法王達に引き継がれていたといいます。

3世紀になりキリスト教の迫害から守るため、スペイン出身の聖人ロレンソが故郷のウエスカに送りました。

それから長い間ピレネー山脈のあたりを転々とした後修道院に落ち着き、14世紀末にサラゴサの

アラゴン王の手に渡り、15世紀の前半に王が亡くなるとアルフォンソ5世王によってバレンシアの宮殿に

運ばれてきました。そして1437年の王のナポリ出征に際し、大聖堂に引き渡されたのです。

それ以降、19世紀のスペイン独立戦争と20世紀の市民戦争の間に密かに運び出されたことを除き、

バレンシアの大聖堂の宝となっています。どうぞお見逃しなく。

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<大聖堂美術館にある最後の晩餐の絵には、この聖杯が描かれています>

バレンシア大聖堂(Catedral de Valencia)

http://www.catedraldevalencia.es/(スペイン語、バレンシア語、英語、ドイツ語)

入場口はレイーナ広場に面しています。

筆者

スペイン特派員

田川 敬子

東京生まれの東京育ち。オリーブオイル専門家としてスペインと日本で活動するほか、複数のウェブサイトにスペイン情報を寄稿。

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